クリスマス・カロル(ディケンズ)(12) (くりすますかろる)
クリスマス・カロル(ディケンズ)(12)
が、間もなく方々の尖塔(の鐘)は教会や礼拝堂に善男善女を呼び集めた。彼等は、晴れ着を着飾って街一杯に群がりながら、さもさも愉快そうな顔を揃えて、ぞろぞろと出掛けて来た。すると、同時に数多の横町、小径、名もない角々から、無数の人々が自分達の御馳走を麺麭屋の店へ搬びながら出て来た。これ等の貧しい人々の楽しそうな光景は、痛く精霊の御意に適ったと見えて、彼は麺麭屋の入口に、スクルージを自分の傍に惹き附けながら立っていた。そして、彼等が御馳走を持って通る毎に蓋を取って、松明からその御馳走の上に香料を振りかけてやった。その松明がまた普通の松明ではなかった、と云うのは、一度か二度御馳走を搬んで来た人達が互に押し合いへし[#「へし」に傍点]合いして喧嘩を始めた時、彼はその松明から彼等の上に二三滴の水を振りかけてやった。すると、彼等はたちまち元通りの好い機嫌になったものだ。彼等はまた、何しろ聖降誕祭の日に喧嘩するなんて恥かしいこったと云ったものだ。その通りだとも! まったく、その通りだとも!
その内に鐘の音は止んだ。そして、麺麭屋の店も閉じられた。しかしどこの麺麭屋でもその竈の上の雪溶けの濡れた所には、それ等の御馳走やその料理の進行に伴うのどかな影がほんのりと表われていた。つまりそこでは、どうやらその石まで料理されているように、舗道が湯気を立てていたのである。
「貴方が松明から振り掛けなさいますものには、何か特別の香味でも附いていますのですか」と、スクルージは訊ねた。
「あるね。俺自身の香味だよ。」
「それが今日のどんな御馳走にでもよく適《あ》うので御座いますか」と、スクルージは訊ねた。
「親切に出される御馳走なら、どんな御馳走にも適うのじゃ、貧しい御馳走には特に適うんだね。」
「何故貧しい御馳走に特に適うので御座いますか。」
「そう云う御馳走は別けてもそれが入用じゃからね。」
「精霊殿!」と、スクルージは一寸考えた後で云った、「私どもの周囲のいろいろな世界のありとあらゆる存在の中で、(他の物ならとにかく)貴方がこれ等の人々の無邪気な享楽の機会を奪おうとしていられると云うことは、私はどうも不思議でなりませんよ。」
「俺《わし》が?」と、精霊は叫んだ。
「七日目毎に貴方は彼等が御馳走を喫べる便宜を奪っておしまいになるんですよ。彼等がとにかく御馳走を喰べられるのはこの日位なものだと云われているその日にですね」と、スクルージは云った。「そうじゃありませんかい。」
「俺《わし》がだ!」と、精霊は叫んだ。
「貴方は七日目毎にこう云う場所を閉めさせようとしておいでになるのでしょう?」と、スクルージは云った。「だから、同じ事になるんですよ。」
「俺《わし》がそうしようと思ってるんだって?」と、精霊は大きな声で云った。
「間違っていたら御免下さい。ですが、貴方のお名前で、少なくとも貴方のお身内のお名前で、そう云う事をして居りますのです」と、スクルージは云った。
「お前方のこの世の中にはね」と、精霊は答えた、「俺《わし》達を知っているような顔をしながら、情欲、驕慢、悪意、憎悪、嫉妬、頑迷、我利の行いを俺達の名でやっている者があるんだよ。しかもそいつ等は、かつて生きていたことがないように、俺達や、俺達の朋友親戚には一面識もない奴等なんだよ。これはよく記憶《おぼ》えて置いて、彼奴等のしたことについては、彼奴等を責めるようにして、俺達を咎めてもらいたくないものだね。」
スクルージはそうすると約束した。それから彼等は前と同じように姿を現わさないで、町の郊外へ入り込んで行った。精霊が、その巨大な体躯にも係らず、どんな場所にもらくらくとその身を適応させることが出来たと云うことは、また彼が低い屋根の下でも、どんな高荘な広間ででも振舞うことが可能であったと同じように優雅《しとやか》に、その上いかにも神変不思議の生物らしく立っていたと云うことは、彼の顕著な特質であった。(そして、その特質をスクルージは既に麺麭屋の店で気が附いていたのである。)
精霊が真直にスクルージの書記の家へ出掛けて行ったのは、恐らくこの精霊が彼のこの力を見せびらかすことにおいて感ずる快楽のためか、それでなくば彼の持って生れた親切にして慈悲深い、誠実なる性質と、総ての貧しき者に対する同情のためかであった。何となれば、彼は実際出懸けて行った、そして自分の着物に捕《つか》まっているスクルージを一緒に連れて行った。それから戸口の敷居の上でにっこり笑って、彼の松明から例の雫を振り掛けながら、ボブ・クラチット(註、ボブはロバートの愛称である。)の住居を祝福してやろうと立ち止まった。考えても見よ! ボブは一週間に彼自身僅かに十五ボブ(註、一ボブは一シリングの俗称である。)を得るばかりであった。――彼は土曜日毎に自分の名前の僅かに十五枚を手に入れるばかりであった。――而も現在の基督降誕祭の精霊は彼の四間《よま》の家を祝福してくれたのであった。
その時クラチット夫人すなわちクラチットの細君は二度も裏返しをした着物で、粗末ながらにすっかり身繕いをして、しかし廉《やす》くて、六ペンスにしては好く見えるリボンで華やかに飾り立てて出て来た。そして彼女は、これもまたリボンで飾り立てている二番目娘のベリンダ・クラチットに手伝わせて、食卓布をひろげた。一方では、子息のピータア・クラチットが馬鈴薯の鍋の中に肉叉を突込んだ。そして、恐ろしく大きな襯衣《シャツ》(この日の祝儀として、ボブが彼の子息にして嗣子なるピーターに授与したる私有財産)の襟の両端を自分の口中に啣えながら、我ながらいかにも華々しくめかし込んだのに嬉しくなって、流行児の集まる公園に出懸けて自分の下着を見せたくて堪らなかった。さて、二人の一層小さいクラチット達、すなわち男の児と女の児とは、麺麭屋の戸外で鵞鳥の匂いを嗅いだが、それが自分達のだと分ったと云って、きゃあきゃあ叫びながら躍り込んで来た。そして、これ等の小クラチット達はサルビヤだの葱だのと贅沢な考えに耽りながら、食卓の周囲を躍り廻って、ピータア・クラチット君を口を極めて褒めそやした。その間に彼は(襯衣の襟が咽喉を締めそうになっていたが、別段自慢もしないで)のろのろした馬鈴薯が漸く煮えくり返りながら、取り出して皮を剥いてくれと、大きな音を立てて鍋の蓋を叩き出すまで、火を吹き熾していた。
「それはそうと、お前達の大切《だいじ》の阿父さんはどうしたんだろうね?」と、クラチット夫人は云った。「それからお前達の弟のちび[#「ちび」に傍点]のティムもだよ! それからマーサも去年の基督降誕祭には約三十分も前に帰って来ていたのにねえ。」
「マーサが来ましたよ、阿母さん!」と云いながら、一人の娘がそこに現われた。
「マーサが来ましたよ、阿母さん!」と、二人の小クラチットどもは叫んだ。「万歳! こんな鵞鳥があるよ、マーサ!」
「まあ、どうしたと云うんだね、マーサや、随分遅かったねえ!」と云いながら、クラチット夫人は幾度も彼女に接吻したり、彼是と世話を焼きたがって、相手のシォールだの帽子だのを代って取って遣ったりした。
「昨夜《ゆうべ》のうちに仕上げなければならない仕事が沢山あったのよ」と、娘は答えた、「そして、今朝はまたお掃除をしなければならなかったのでねえ、阿母さん!」
「ああああ、来たからにはもう何も云うことはないんだよ」と、クラチット夫人は云った。「煖炉の前に腰をお掛けよ。そして、先ずお煖まりな。本当に好かったねえ。」
「いけない、いけない、阿父さんが帰っていらっしゃるところだ」と、どこへでもでしゃばり[#「でしゃばり」に傍点]たがる二人の小さいクラチットどもは呶鳴った。「お隠れよ、マーサ、お隠れよ。」
マーサは云われるままに隠れた。阿父さんの小ボブは襟巻を、総《ふさ》を除いて少くとも三尺はだらりと下げて、時節柄見好いように継ぎを当てたり、ブラシを掛けたりした、擦り切れた服を身に着けていた。そして、ちび[#「ちび」に傍点]のティムを肩車に載せて這入って来た。可哀そうなちび[#「ちび」に傍点]のティムよ、彼は小さな撞木杖を突いて、鉄の枠で両脚を支えていた。
「ええ、マーサはどこに居るのか」と、ボブ・クラチットは四辺《あたり》を見廻しながら叫んだ。
「まだ来ませんよ」と、クラチット夫人は云った。
「まだ来ない!」と、ボブは今まで元気であったのが急に落胆《がっかり》して云った。実際、彼は教会から帰る途すがら、ずっとティムの種馬になって、ぴょんぴょん跳ねながら帰って来たのであった。「基督降誕祭だと云うのにまだ来ないって!」
マーサは、たとい冗談にもせよ、父親が失望しているのを見たくなかった。で、まだ早いのに押入れの戸の蔭から出て来た。そして、彼の両腕の中に走り寄った。その間二人の小クラチットどもはちび[#「ちび」に傍点]のティムをぐいぐい引っ張って、鍋の中でぐつぐつ煮えている肉饅頭の歌を聞かせてやろうと台所へ連れて行った。
「で、ティムはどんな風でした?」と、クラチット夫人は、先ずボブが軽々しく人の云うことを本気にするのを冷かし、ボブはまた思う存分娘を抱き締めた後で、こう訊ねた。
「黄金のように上等だった」と、ボブは云った。「もっと善かったよ。あんなに永く一人で腰掛けていたもので、どうやらこう考え込んでしまったんだね。そして、誰も今まで聞いたこともないような不思議な事を考えているんだよ。帰り途で、私にこう云うんだ、教会の中で衆皆《みんな》が自分を見てくれれば可いと思った。何故なら自分は跛者だし、聖降誕祭の日に、誰が跛者の乞食を歩かせたり、盲人を見えるようにして下さったかと云うことを想い出したら、あの人達も好い気持だろうからとこう云うんだよ。」
皆にこの話をした時、ボブの声は顫えていた。そして、ちび[#「ちび」に傍点]のティムも段々しっかりして達者になって来たと云った時には、一層それが顫えていた。
せわしない[#「せわしない」に傍点]、小さな撞木杖の音が床の上に聞えた。そして、次の言葉がまだ云い出されないうちに、ちび[#「ちび」に傍点]のティムは彼の兄や姉に護られて、もう煖炉の傍の自分の床几に戻って来た。その間ボブは袖口をまくり上げて――気の毒な者よ、あんな袖口がこの上まで汚《よご》れようがあるか何ぞのように――ジン酒と檸檬で鉢の中に一種の熱い混合物《まぜもの》を拵えた。そして、それをぐるぐる掻き廻してから、とろ[#「とろ」に傍点]火で煮るために炉側の棚の上に載せた。ピーター君と二人のちょこまか[#「ちょこまか」に傍点]した小クラチットどもは鵞鳥を取りに出掛けたが、間もなくそれを持って仰々しい行列を作って帰って来た。
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