クリスマス・カロル(ディケンズ)(14) (くりすますかろる)

クリスマス・カロル(ディケンズ)(14)

 ところで、読者にして若しかく親しい集会に出掛けて行く人数から判断したとすれば、どの家も仲間を待ち設けたり、煙突の半分までも石炭の火を積み上げたりしてはいないで、折角お客様がそこへ着いても、一人も自宅にいて出迎えてくれる者はないだろうと思われるかも知れない。どの家にも祝福あれや! いかに精霊は欣喜雀躍したことぞ! いかにその胸幅を露《む》き出しにして、大きな掌をひろげたことぞ! そして、手のとどく限りあらゆる物の上に、その晴れやかで無害な快楽をその慈悲深い手で振り撒きながら、ふわふわと登って行ったことぞ! 灯火の斑点で黄昏時の薄暗い街にポツポツ点を打ちながら駆けて行く点灯夫ですら、今宵をどこかで過すために好い着物に代えていたが、その点灯夫ですら精霊が通りかかった時には声を立てて笑ったものだ――聖降誕祭の外に自分の伴侶があろうとは夢にも知らなかったけれども。
 ところで、今や精霊から一言の警告もなかったのに、突然二人は冬枯れた物寂しい沼地の上に立った。そこには巨人の埋葬地ででもあったかのように、荒い石の怖ろしく大きな塊がそちこちに転っていた。水は心のままにどこへでも流れ拡がっていた。いや、結氷が水を幽閉して置かなかったら、きっとそうしていたであろう。苔とはりえにしだ[#「はりえにしだ」に傍点]と、粗い毒々しい雑草の外には何も生えていなかった。西の方に低く夕陽が一筋火のように真赤な線を残して消えてしまった。それが一瞬間荒漠たる四辺の風物の上に、陰惨な眼のようにあかあかとぎらついていたが、だんだん低く、低くその眼を顰めながら、やがて真暗な夜の濃い暗闇の中に見えなくなってしまった。
「ここはどう云う所で御座いますか」と、スクルージは訊ねた。
「鉱夫どもの住んでいるところだよ、彼等は地の底で働いているのだ」と、精霊は返辞をした。「だが、彼等は俺を知っているよ、御覧!」
 一軒の小屋の窓から灯火が射していた。そして、それを目懸けて二人は足早に進んで行った。泥土や石の壁を突き抜けて、真赤な火の周りに集っている愉快そうな一団の人々を見附けた。非常に年を取った爺と媼とが、その子供達や、孫達や、それからまたその下の曾孫達と一緒に、祭日の晴着に美々しく飾り立てていた。その爺は不毛の荒地をたけり狂う風の音にとかく消圧《けお》されがちな声で、一同の者に聖降誕祭の歌を唄ってやっていた。それは彼が少年時代の極く古い歌であった。一同の者は時々声を和して歌った。彼等が声を高めると、爺さんもきっと元気が出て声を高めた。が、彼等が止めてしまうと、爺さんの元気もきっと銷沈してしまった。
 精霊はここに停滞してはいなかった、スクルージをして彼の着衣に捕まらせた、そして、沼地の上を通過しながら、さてどこへ急いだか。海へではないか。そうだ、海へ。スクルージは振り返って、自分達の背後に陸の突端を、怖ろしげな岩石が連っているのを見て慄然とした。水は自分の擦り減らした恐ろしい洞窟の中に逆捲き怒号して狂奔して、この地面を下から覆そうと烈しく押し寄せていたが、その水の轟々たる響には彼の耳も聾いてしまった。
 海岸から幾浬か離れて、一年中荒れ通しに波に衝かれ揉まれている物凄い暗礁の上に、ぽっつりと寂しげな灯台が建てられていた。海藻の大きな堆積がその土台石に絡まり着いて、海鳥は――海藻が水から生れたように、風から生れたかとも想われるような――彼等がその上をすくうようにして飛んでいる波と同じように、その灯台の周囲を舞い上ったり、舞い下ったりしていた。
 が、こんな所でさえ、灯光の番をしていた二人の男が火を焚いていた、それが厚い石の壁に造られた風窓から物凄い海の上に一条の輝かしい光線を射出した。向い合せに坐っていた荒削りの食卓越しに、ごつごつした手を握り合せながら、彼等は火酒の盃に酔って、お互いに聖降誕祭の祝辞を述べ合ったものだ。そして、彼等の一人、しかも年長
者の方が――古い船の船首についている人形が傷められ瘢痕づけられているように、風雨のために顔中傷められ瘢痕づけられた年長者の方が、それ自身本来|暴風雨《はやて》のような、頑丈な歌を唄い出した。
 再び精霊は真黒な、絶えず持ち上げている海の上を走り続けた――どこまでも、どこまでも――彼がスクルージに云ったところに拠れば、どの海岸からも遙かに離れているので、とうとうとある一艘の船の上に降りた。二人は舵車を手にした舵手や、船首に立っている見張り人や、当直をしている士官達の傍に立った。各自それぞれの配置についている彼等の姿は、いずれも暗く幽霊のように見えた。しかしその中の誰も彼もが聖降誕祭の歌を口吟んだり、聖降誕祭らしいことを考えたり、または低声でありし昔の降誕祭の話を――それには早く家郷へ帰りたいと云う希望が自然と含まれているが、その希望を加えて話したりしていた。そして、その船に乗っている者は、起きていようが眠っていようが、善い人であろうが悪い人であろうが、誰も彼もこの日は一年中のどんな日よりも、より[#「より」に傍点]親切な言葉を他人に掛けていた。そして、ある程度まで今日の祝いを共に楽しんでいた。そして、誰も彼も自分の心に懸けている遠方の人達を想い遣ると共に、またその遠方の人達も自分のことを想い出して喜んでいることをよく承知していた。
 風の呻きに耳を傾けたり、またはその深さは死の様に深遠な秘密であるところの未だ知られない奈落の上に拡がっている寂しい暗い闇を貫いて、どこまでも進んで行くと云うことは、何と云う厳粛なる事柄であるかと考えたりして、こうして気を取られている間に、一つの心からなる笑い声を聞くと云うことは、スクルージに取って大きな驚愕に相違なかった。しかも、それが自分の甥の笑い声だと知ることは、そして、一つの晴れやかな、乾いた、明るい部屋の中に、自分の傍に微笑しながら立っている精霊と一緒に自分自身を発見すると云うことは、スクルージに取って一層大いなる驚愕であった。で、その精霊はいかにも相手が気に適ったと云うような機嫌の好さで以て、その同じ甥をじっと眺めているのであった。
「は! は!」と、スクルージの甥は笑った。「は、は、は!」
 若し読者諸君にしてこのスクルージの甥よりはもっと笑いにおいて恵まれている男を知るような機会があったら、そんな機会はありそうにもないが、(万々一あったとしたら、)私の云い得ることはただこれだけである、(曰く)私もまたその男を知りたいものだと。私にその男を紹介して下さい、私はどうかしてその人と知己になりましょうよ。
 疾病や悲哀に感染がある一方に、世の中には笑いや上機嫌ほど不可抗力的に伝染するものがないと云うことは、物事の公明にして公平なるかつ貴き調節である。スクルージの甥がこうして脇腹を抑えたり、頭をぐるぐる廻したり、途方もない蹙《しか》め面《つら》に顔を痙攣《ひきつ》らせたりしながら笑いこけていると、スクルージの姪に当るその妻もまた彼と同様にきゃっきゃっ[#「きゃっきゃっ」に傍点]と心から笑っていた。それから一座の友達どもも決して敗《ひ》けは取らないで、どっと閧の声を上げて笑い崩れた。
「はッ、はッ、はッ、は、は、は!」
「あの人は聖降誕祭なんて馬鹿らしいと云いましたよ、本当にさ」と、スクルージの甥は云った。「あの人はまたそう信じているんですね。」
「一層好くないことだわ、フレッド」と、スクルージの姪は腹立たしそうに云った。こう云う婦人達は愛すべきかな、彼等は何でも中途半端にして置くと云うことはない。いつでも大真面目である。
 彼女は非常に美しかった。図抜けて美しかった。えくぼのある、吃驚したような、素敵な顔をして接吻されるために造られたかと思われるような――確にその通りでもあるのだが――豊かな小さい口をしていた。頤の辺りには、あらゆる種類の小さな可愛らしい斑点があって、それが笑うと一緒に溶けてしまったものだ。それからどんな可憐な少女の頭にも見られないような、極めて晴れやかな一対の眼を持っていた。引括めて云えば、彼女は気を揉ませるなとでも云いたいような女であった。しかし世話女房式な、おお、どこまでも世話女房式な女であった。
「へん[#「へん」に傍点]なお爺さんですよ」と、スクルージの甥は云った。「それが本当の所でさ。そして、もっと愉快で面白い人である筈なんだが、そうは行かないんですね。ですが、あの人の悪い事にはまた自然《ひとりで》にそれだけの報いがあるでしょうから、何も私が彼是あの人を悪く云うことはありませんよ。」
「あの方はたいへんなお金持なのでしょう、ねえフレッド」と、スクルージの姪は云い出して見た。「少なくとも、貴方は始終私にはそう仰しゃいますわ。」
「それがどうしたと云うの?」と、スクルージの甥は云った。「あの人の財産はあの人
に取って何の役にも立たないのだ。あの人はそれで何等の善い事もしない。それで自分の居まわりを気持ちよくもしない。いや、あの人はそれで行く行く僕達を好くして遣ろうと――はッ、は、は! そう考えるだけの満足も持たないんだからね。」
「私もうあの人には我慢出来ませんわ」と、スクルージの姪は云った。スクルージの姪の姉妹も、その他の婦人達も皆同意見であると云った。
「いや、僕は我慢出来るよ」と、スクルージの甥は云った。「僕はあの人が気の毒なのだ。僕は怒ろうと思っても、あの人には怒れないんだよ。あの人の可厭《いや》なむら[#「むら」に傍点]気で誰が苦しむんだい? いつでもあの人自身じゃないか。たとえばさ、あの人は僕達が嫌いだと云うようなことを思い附く。するともう、ここへ来て一緒に飯も喫べてくれようとはしない。で、その結果はどうだと云うのだい? 大層な御馳走を喫べ損ったと云う訳でもないがね。」
「実際、あの方は大層結構な御馳走を喰べ損ったんだと思いますわ」と、スクルージの姪は相手を遮った。他の人達も皆そうだと云った。そして、彼等は今御馳走を喰べたばかりで、食卓の上に茶菓を載せたまま、洋灯を傍にして煖炉の周囲に集まっていたのであるから、十分審査官の資格を具えたものと認定されなければならなかった。
「なるほど! そう云われれば僕も嬉しいね」と、スクルージの甥は云った。「だって、僕は近頃の若い主婦達に余り大した信用を置いていないのだからね。トッパー君、君はどう思うね?」
 トッパーはスクルージの姪の姉妹達の一人に明らかに眼を着けていた。と云うのは、独身者は悲惨《みじめ》な仲間外れで、そう云う問題に対して意見を吐く権利がないと返辞したからであった。これを聞いて、スクルージの姪の姉妹――薔薇を挿した方じゃなくて、レースの半襟を掛けた肥った方が――顔を真赧にした。
「さあ、先を仰しゃいよ、フレッド」と、スクルージの姪は両手を敲きながら云った。「この人は云い出した事を決してお終いまで云ったことがない。本当に可笑しな人よ!」
 スクルージの甥はまた夢中になって笑いこけた。そして、その感染を防ぐことは不可能であったので――肥った方の妹などは香気のある醋酸でそれを防ごうと一生懸命にやって見たけれども――座にある者どもは一斉に彼のお手本に倣った。
「僕はただこう云おうと思ったのさ」と、スクルージの甥は云った。「あの人が僕達を嫌って、僕達と一緒に愉快に遊ばない結果はね、僕が考えるところでは、些《ちっ》ともあの人の不利益にはならない快適な時間を失ったことになると云うのですよ。確かにあの人は、あの黴臭い古事務所や、塵埃だらけの部屋の中に自分一人で考え込んでいたんじゃ、とても見附けられないような愉快な相手を失っていますね。あの人が好《す》こうが好くまいが、僕は毎年こう云う機会をあの人に与える積りですよ。だって僕はあの人が気の毒で耐らないんですからね。あの人は死ぬまで聖降誕祭を罵っているかも知れない。が、それについてもっと好く考え直さない訳にゃ行かないでしょうよ――僕はあの人に挑戦する――僕が上機嫌で、来る年も来る年も、『伯父さん、御機嫌はいかがですか』と訪ねて行くのを見たらね。いや、あの憐れな書記に五十ポンドでも遺して置くような心持にして遣れたら、それだけでも何分かの事はあった訳だからね。それに、僕は昨日あの人の心を顛動させて遣ったように思うんだよ。」
 彼がスクルージの心を顛倒させたなぞと云うのが可笑しいと云って、今度は一同が笑い番になった。が、彼は心の底から気立ての好い人で、とにかく彼等が笑いさえすれば何を笑おうと余り気に懸けていなかったので、自分も一緒になって笑って一同の哄笑[#「哄笑」は底本では「洪笑」]を励ますようにした。そして、愉快そうに瓶を廻わした。





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