クリスマス・カロル(ディケンズ)(20) (くりすますかろる)

クリスマス・カロル(ディケンズ)(20)

   第五章 大団円

 そうだ! しかもその寝台の柱は彼自身の所有《もの》であった。寝台も彼自身のものなら、部屋も彼自身のものであった。別けても結構で嬉しいことには、彼の前にある時が、その中で埋め合せをすることの出来るような、彼自身のものであった。
「私は過去においても、現在においても、また未来においても生きます!」と、スクルージは寝台から這い出しながら、以前の言葉を繰り返した。「三人の精霊は私の心の中に在って皆力を入れて下さるに違いない。おお、ジェコブ・マアレイよ。この事のためには、神も聖降誕祭の季節も、褒め讃えられてあれよ。私は跪いてこう申上げているのだ、老ジェコブよ、跪いてからに!」
 彼は自分の善良な企図に昂奮し熱中するのあまり、声まで途切れ途切れになって、思うように口が利けない位であった。先刻《さっき》精霊と啀《いが》み合っていた際、彼は頻りに啜り泣きをしていた。そのために彼の顔は今も涙で濡れていた。
「別段引き千断られてはいないぞ」と、スクルージは両腕に寝台の帷幄の一つを抱えながら叫んだ。「別段引き千断られてはいないぞ、鐶も何も彼も。みんなここにある――私もここに居る――(して見ると、)ああ云う事になるぞと云われた物の影だって、消せば消されないことはないのだ。うむ、消されるともきっと消されるとも!」
 その間彼の手は始終忙しそうに着物を持て扱っていた。それを裏返して見たり、上下逆様に着て見たり、引き千断ったり、置き違えたりして、ありとあらゆる目茶苦茶のことに仲間入りをさせたものだ。
「どうしていいか分からないな!」と、スクルージは笑いながら、同時にまた泣きながら喚いた。そして、靴下を相手にラオコーンそっくりの様子をして見せたものだ。「俺は羽毛《はね》のように軽い、天使のように楽しく、学童のように愉快だよ。俺はまた酔漢《よっぱらい》のように眼が廻る。皆さん聖降誕祭お目出度う! 世界中の皆さんよ、新年お目出度う! いよう、ここだ! ほーう! ようよう!」
 彼は居間の中へ跳ね出した。そして、すっかり息を切らしながら、今やそこに立っていた。
「粥の入った鍋があるぞ」と、スクルージはまたもや飛び上がって、煖炉の周りを歩きながら呶鳴った。「あすこに入口がある、あすこからジェコブ・マアレイの幽霊は這入って来たのだ! この隅にはまた現在の聖降誕祭の精霊が腰掛けていたのだ! この窓から俺は彷《さまよ》える幽霊どもを見たのだ! 何も彼もちゃん[#「ちゃん」に傍点]としている、何も彼も本当なのだ、本当にあったのだ。はッ、はッ、はッ!」
 実際あんなに幾年も笑わずに来た人に取っては、それは立派な笑いであった、この上もなく華やかな笑いであった。そして、これから続く華やかな笑いの長い、長い系統の先祖になるべき笑いであった!
「今日は月の幾日か俺には分らない」と、スクルージは云った。「どれだけ精霊達と一緒に居たのか、それも分らない。俺には何にも分らない。俺はすっかり赤ん坊になってしまった。いや、気に懸けるな。そんな事構わないよ。俺はいっそ赤ん坊になりたい位のものだ。いよう! ほう! いよう、ここだ!」
 彼はその時教会から打ち出した、今まで聞いたこともないような、快い鐘の音に、その恍惚状態を破られた。カーン、カーン、ハンマー。ヂン、ドン、ベル。ベル、ドン、ヂン。ハンマー、カーン、カーン。おお素敵だ! 素敵だ!
 窓の所へ駆け寄って、彼はそれを開けた。そして、頭を突き出した。霧もなければ、靄もない。澄んで、晴れ渡った、陽気な、賑やかしい、冷たい朝であった。一緒に血も踊り出せとばかり、ピューピュー風の吹く、冷たい朝であった。金色の日光。神々しい空、甘い新鮮な空気。楽しい鐘の音。おお素敵だ! 素敵だ!
「今日は何かい」と、スクルージは下を向いて、日曜の晴れ着を着た少年に声を掛けた。恐らくこの少年はそこいらの様子を見にぼんやり這入り込んで来たものらしい。
「ええ?」と、少年は驚愕のあらゆる力を籠めて聞き返した。
「今日は何かな、阿兄《にい》さん」と、スクルージは云った。
「今日!」と、少年は答えた。「だって、基督降誕祭じゃありませんか。」
「基督降誕祭だ!」と、スクルージは自分自身に対して云った。「私はそれを失わずに済んだ。精霊達は一晩の中にすっかりあれを済ましてしまったんだよ。何だってあの方々は好きなように出来るんだからな。もちろん出来るんだとも。もちろん出来るんだとも。いよう、阿兄《にい》さん!」
「いよう!」と、少年は答えた。
「一町おいて先の街の角の鳥屋を知っているかね」と、スクルージは訊ねた。
「知っているともさ」と、少年は答えた。
「悧巧な子じゃ!」と、スクルージは云った。「まったくえらい子じゃ! どうだい、君はあそこに下がっていた、あの賞牌を取った七面鳥が売れたかどうか知っているかね。――小さい方の賞牌つき七面鳥じゃないよ、大きい方のだよ?」
「なに、あの僕位の大《で》っかいのかい」と、少年は聞き返した。
「何て愉快な子供だろう!」と、スクルージは云った。「この子と話しをするのは愉快だよ。ああそうだよ! 阿兄《にい》さん!」
「今でもあそこに下がっているよ」と、少年は答えた。
「下がってるって?」と、スクルージは云った。「さあ行って、それを買って来ておくれ。」
「御戯談でしょ」と、少年は呶鳴った。
「いや、いや」と、スクルージは云った。「私は真面目だよ。さあ行って買って来ておくれ。そして、ここへそれを持って来るように云っておくれな。そうすりゃ、私が使の者にその届け先を指図してやれるからね。その男と一緒に帰ってお出で、君には一シリング上げるからね。五分経たないうちに、その男と一緒に帰って来ておくれ、そうしたら半クラウンだけ上げるよ。」
 少年は弾丸《たま》のように飛んで行った。この半分の速力で弾丸を打ち出すことの出来る人でも、引金を握っては一ぱし確かな腕を持った打ち手に相違ない。
「ボブ・クラチットの許へそれを送ってやろうな」と、云いながら、スクルージは両手を擦《こす》り擦り腹の皮を撚らせて笑った。「誰から贈って来たか、相手に分っちゃいけない。ちび[#「ちび」に傍点]のティムの二倍も大きさがあるだろうよ。ジョー・ミラー(註、「ジョー・ミラー滑稽集」の著者。)だって、ボブにそれを贈るような戯談をしたことはなかったろうね。」
 ボブの宛名を書いた手蹟は落着いてはいなかった。が、とにかく書くには書いた。そして、鳥屋の若い者が来るのを待ち構えながら、表の戸口を開けるために階子段を降りて行った。そこに立って、その男の到着を待っていた時、彼は不図戸敲きに眼を着けた。
「俺は生きてる間これを可愛がってやろう!」と、スクルージは手でそれで撫でながら叫んだ。「俺は今までほとんどこれを見ようとしたことがなかった。いかにも正直な顔附きをしている! まったく素晴らしい戸敲きだよ! いよう。七面鳥が来た。やあ! ほう! 今日は! 聖降誕祭お目出度う!」
 それは確かに七面鳥であった。こいつあ自分の脚で立とうとしても立てなかったろうよ、この鳥は。(立ったところで、)一分も経たない間《うち》に、その脚は、封蝋の棒のように、中途からぽき[#「ぽき」に傍点]と折れてしまうだろうよ。
「だって、これをカムデン・タウンまで担いじゃとても行かれまい」と、スクルージは云った。「馬車でなくちゃ駄目だろうよ。」
 彼はくすくす笑いながら、それを云った。くすくす笑いながら、七面鳥の代を払った。くすくす笑いながら、馬車の代を払った。くすくす笑いながら少年に謝礼をした。そして、そのくすくす笑いを圧倒するものは、ただ彼が息を切らしながら再び椅子に腰掛けた時のそのくすくす笑いばかりであった。それから、あまりくすくす笑って、とうとう泣き出した位であった。
 彼の手はいつまでもぶるぶる慄え続けていたので、髯[#「髯」は底本では「髪」]を剃るのも容易なことではなかった。髯剃りと云うものは、たといそれをやりながら踊っていない時でも、なかなか注意を要するものだ。だが、彼は(この際)鼻の先を切り取ったとしても、その上に膏薬の一片でも貼って、それですっかり満足したことであろう。





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