クリスマス・カロル(ディケンズ)(09) (くりすますかろる)
クリスマス・カロル(ディケンズ)(09)
その上にもまだ舞踏があった、また罰金遊びもあった。そして、更にまた舞踏があった。それから菓子が出た、調合葡萄酒が出た、それから大きな一片の冷えた焼肉が出た、それから大きな一片の冷えた煮物が出た。それから肉饅頭が出た、また麦酒が[#「が」は底本では「か」]沢山に出た。が、当夜第一の喚び物は焼肉や煮物の出た後で、提琴手が(巧者な奴ですよ、まあ聴いて下さい!――読者や私なぞがこうしろああしろと命ずるまでもなく、ちゃんと自分のやるべきことを心得ていると云う手合ですよ!)「サー・ロージャー・ド・カヴァリー」(註、古風な田舎踊の名、当時非常に流行したものらしく、メレディスの「エゴイスト」の中にも出て来る。)を弾き始めた時に出たのであった。その老フェッジウィッグはフェッジウィッグ夫人と手を携えて踊りに立ち出でた。しかも、二人に取っては誂え向きの随分骨の折れる難曲に対して、先頭の組を勤めようと云うのだ。二十三四組の踊手が後に続いた。いずれも隅には置けない手合ばかりだ。踊ろうとばかりしていて、歩くなぞと云うことは夢にも考えていない人達なのだ。
が、彼等の人数が二倍あっても――おお、四倍あっても――老フェッジウィッグは立派に彼等の対手になれたろう、フェッジウィッグ夫人にしてもその通りだ。彼女はと云えば、相手という言葉のどういう意味から云っても、彼の相手たるに応わしかった。これでもまだ讃め足りないなら、もっと好い言葉を教えて貰いたい、私はそれを使って見せよう。フェッジウィッグの腓《ふくらはぎ》からは本当に火花が出るように思われた。その腓《ふくらはぎ》は踊のあらゆる部分において月のように光っていた。ある一定の時において、次の瞬間にその腓《ふくらはぎ》がどうなるか予言せよと云われても、何人にも出来なかったに相違ない。老フェッジウィッグ夫婦が踊の全部をやり通した時――進んだり退いたり、両方の手を相手に懸けたまま、お叩頭をしたり、会釈をしたり、手を取り合ってその下をくぐったり、男の腕の下を女がくぐったり、そして、再びその位置に返ったりして、踊の全部をやり通した時、フェッジウィッグは「飛び上った」、――彼は足で瞬きをしたかと思われたほど巧者に飛び上った。そして、蹌踉《よろめ》きもせずに再び足で立った。
時計が十一時を打った時、この内輪の舞踏会は解散した。フェッジウィッグ夫妻は入口の両側に一人ずつ陣取って、誰彼の差別なく男が出て行けば男、女が出て行けば女と云うように、一人々々握手を交して、聖降誕祭の祝儀を述べた。二人の丁稚を除いて、総ての人が退散してしまった時、彼等はその二人にも同じ様に挨拶した。で、こうして歓声が消え去ってしまった。そして、二人の少年は自分達の寝床に残された。寝床は店の奥の帳場の下にあった。
この間中ずっと、スクルージは本性を失った人のように振舞っていた。彼の心と魂とはその光景の中に入り込んで、自分の前身と一緒になっていた。彼は何も彼もその通りだと確信した、何も彼も想い出した、何も彼も享楽した。そして、何とも云われない不思議な心の動乱を経験した。彼の前身とディックとの嬉しそうな顔が見えなくなった時、始めて彼は幽霊のことを想い出した、幽霊が、その間ずっと頭上の光を非常にあかあかと燃え立たせながら、じっと自分を見詰めているのに気が附いた。
「些細な事だね」と、幽霊は云った、「あんな馬鹿な奴どもをあんなに有難がらせるのは。」
「些細ですって!」と、スクルージは問い返した。
精霊は二人の丁稚の云ってることに耳を傾けろと手真似で合図をした、二人は心底を吐露してフェッジウィッグを褒め立てているのであった。で、彼がそうした時、幽霊は云った。
「だってなあ! そうじゃないか。あの男はお前達人間の金子をほん[#「ほん」に傍点]の数ポンド費やしたばかりだ、高々三ポンドか四ポンドだろうね。それが、これほど讃められるだけの金額かね。」
「そんな事じゃありませんよ」と、スクルージは、相手の言葉に激せられて、彼の後身ではない、前身が饒舌《しゃべ》ってでもいるように、我を忘れて饒舌った。「精霊どの、そんな事を云ってるんじゃありませんよ。あの人は私どもを幸福にもまた不幸にもする力を持っています。私どもの務めを軽くも、また重荷にもする、楽しみにも、また苦しい労役にもする力を持っています。まああの人の力が言葉とか顔附きとかいうものに存しているにもせよです、すなわち〆めることも勘定することも出来ないような、極く些細な詰まらないものの中に存しているにもせよです、それがどうしたと云うのです? あの人の与える幸福は、それがために一身代を費やしたほど大したものなのですよ。」
彼は精霊がちらと此方《こちら》を見たような気がして、口を噤んだ。
「どうしたのだ?」と、幽霊は訊ねた。
「なに、別段何でもありませんよ」と、スクルージは云った。
「でも、何かあったように思うがね」と、幽霊は押して云った。
「いえ」と、スクルージは云った。「いえ、私の番頭に今一寸|一語《ひとこと》か二語《ふたこと》云ってやることが出来たらとそう思ったので、それだけですよ。」
彼がこの希望を口に出した時に、彼の前身は洋灯の心を引っ込ませた。そして、スクルージと幽霊とは再び並んで戸外に立っていた。
「私の時間はだんだん短くなる」と、精霊は云った。「さあ急いだ!」
この言葉はスクルージに話し掛けられたのでもなければ、また彼の眼に見える誰に云われたのでもなかった。が、たちまちその効果を生じた。と云うのは、スクルージは再び彼自身を見たのである。彼は今度は前よりも年を取っていた。壮年の盛りの男であった。彼の顔には、まだ近年のような、厳い硬ばった人相は見えなかったが、浮世の気苦労と貪欲の徴候は既にもう現われ掛けていた。その眼には、一生懸命な、貪欲な、落ち着きのない動きがあった。そして、それは彼の心に根を張った欲情について語ると共に、だんだん成長するその木(欲情の木)の影がやがて落ちそうな場所を示していた。
彼は独りではなくて、喪服を着けた美しい娘の側に腰を掛けていた。その娘の眼には涙が宿って、過去の聖降誕祭の幽霊から発する光の中にきらついていた。
「それは何でもないことですわ」と、彼女は静かに云った。「貴方に取っちゃ本当に何でもないことですわ。他の可愛いものが私に取って代ったのですもの。これから先それが、若し私が傍に居たらして上げようとしていた通りに、貴方を励ましたり慰めたりしてくれることが出来れば、私がどうのこうのと云って嘆く理由はありませんわね。」
「どんな可愛いものがお前に取って代ったのかね」と、彼はそれに答えて訊いた。
「金色のもの。」
「これが世間の公平な取扱いだよ」と、彼は云った。「貧乏ほど世間が辛く当たるものは他にない。それでいて金子を作ろうとする者ほど世間から手厳しくやっ附けられるものも他にないよ。」
「貴方はあまり世間と云うものを怖がり過ぎますよ」と、彼女は優しく答えた。「貴方の他の希望は、そう云う世間のさもしい非難を受ける恐れのない身になろうと云う希望の中に、ことごと皆呑み込まれてしまったんですね。私は貴方のもっと高尚な向上心が一つずつ凋落して行って、到頭終いに利得と云う一番主要な情熱が貴方の心を占領してしまうのを見て来ましたよ。そうじゃありませんか。」
「それがどうしたと云うのだ?」と、彼は云い返した。「仮に私がそれだけ悧巧になったとして、それがどうだと云うのだ? お前に対しては変っていないのだよ。」
彼女は頭を振った。
「変っているとでも云うのかね。」
「私達二人の約束はもう古いものです。二人とも貧乏で、しかも二人が辛抱して稼いで、何日か二人の世間的運命を開拓する日の来るまでは、それに満足していた時分に、その約束は出来たものですよ。貴方は変りました。その約束をした時分は、貴方は全然別の人でしたよ。」
「私は子供だったのだ」と、彼はじれったそうに云った。
「貴方自身のお心持に聞いて御覧になっても、以前の貴方が今の貴方でないことはお分りになりますわ」と、彼女はそれに応えて云った。「私は元のままです。二人の心が一つであった時に前途の幸福を約束してくれたものも、心が離れ離れになった今では、不幸を一杯に背負わされています。私はこれまで幾度またどんなに胆に徹えるほどこの事を考えて来たか、それはもう云いますまい。私もこの事については考えに考えて来ました。そして、その結果貴方との縁を切って上げることが出来ると云うだけで、もう十分で御座います。」
「私がこれまで一度でも破約を求めたことでもあるのか。」
「口ではね。いいえ、そりゃありませんわ。」
「じゃ、何で求めたのだ?」
「変った性貰で、変った心持で、全然違った生活の雰囲気で、その大きな目的として全然違った希望でです。貴方の眼から見て私の愛情をいくらかでも価値あるもの、値打ちのあるものにしていた一切のものでです。この約束が二人の間にかつてなかったとしたら」と、少女は穏やかに、しかしじっくりと相手を見遣りながら云った、「貴方は今私を探し出して、私の手を求めようとなさいますか。ああ、そんな事はとてもない!」
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