国枝史郎「怪しの館」(09) (あやしのやかた)

国枝史郎「怪しの館」(9)

        九

 ガッ! といったような気味の悪い悲鳴、一声立てたが切られた武士だ。枯れ木仆しにそのままに、前方へドッと仆れたので、前に仆れていた死骸の上へ、蔽うようにして転がった。
 月光それを照らしている。
 急所を一刀に割られたのである。躰に痙攣を起こしもせず、静まり返って死んだらしい。
「二人仕止めた、これだけかな」
 木影に立った旗二郎、決して決して油断はしない、血刀を下段に付けながら、眼で塀の上を見上げながら、さすがに少しばかり切迫する、胸の呼吸を静めながら、こう口の中で呟いた。
 すると呟きの終えないうちに、土塀の上へ黒々と、五つの人影が現われた。同じである、覆面姿、武士であることはいうまでもない。じっと地面を見下ろしたが、どうやら不思議に思ったらしい、五人ヒソヒソ囁き出した。
 と、キラキラと光り物がした。
 五人ながら刀を抜いたのである。
 それが月光を刎ねたのである。
「オイ」と一人の声がした。
「うむ」と答える声がした。
「やられたらしい」ともう[#「もう」に傍点]一人の声。
「島路と、そうして大里だ」
「そうらしいの」ともう一人。
「敵に防備《そなえ》があるらしい」さらにもう一人の声がした。
 と、一人が振り返った。「味方両人してやられてござる。……いかがしましょうな、花垣殿?」
 すると門外から返辞がした。
「防備あるのがむしろ当然。……よろしい拙者も参るとしよう。……六人同時に切り込むといたそう」
 すぐにもう[#「もう」に傍点]一つの人影が、土塀の上へ現われた。
 同一の覆面である。
「では」
 というと飛び下りた。
 六人一緒に集まったが、二つの死骸を調べ出した。
 木影で見ていた旗二郎、「これはいけない」と考えた。「六人と一人では勝負にならぬ。引っ返して屋敷の人達に、このありさまを知らせてやろう」
 そこで物音を立てぬよう、彼らに姿を見せぬよう、背後《うしろ》下がりに退いた。数間来た所でクルリと振り向き、抜き身を袖で蔽ったが、腰をかがめると木蔭づたい、母屋の方へ小走った。
 築山裾まで来た時である。
「ご苦労でござった、結城氏」
 こういう声が聞こえて来た。
 と、すぐ別の声がした。
「我らこちらを守りましょう。願わくば貴殿、石橋を渡られ、向こうに立っている離れ座敷、それをお守りくださるよう」
 とまた別の声がした。
「そちらに主人おりますのでな」
 どこにいるのか解らない。どこかに隠れているのだろう。そうして悉皆《しっかい》を見たのだろう。



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