国枝史郎「怪しの館」(10) (あやしのやかた)

国枝史郎「怪しの館」(10)

        十

「ははあ、さっきの奴らだな」
 結城旗二郎察したが、問答をしている時ではない、頼まれて人を切った以上、乗りかかった船だ、最後まで、手助けをしてやろうと決心した。
「承知」
 と一声簡単にいったが、築山を巡ると泉水へ出、石橋を向こうへ渡り越した。
 行く手に建物が立っている。廻廊で母屋とつながって[#「つながって」に傍点]いる。独立をした建物である。木立がその辺を暗めている。雨戸がピッシリ閉ざされてある。
 そこまでやって来た旗二郎、グルリと周囲を見廻したが、建物のはずれの一角の、暗い所へ身をひそめた。
 で、向こうをすかして見た。
 が、庭木が繁っている。土塀のあり場所など解らない。したがって土塀から飛び下りた、六人の姿なども解らない。
 深夜の裏庭は静かである。とはいえ殺気が漲《みなぎ》っている。
 ピシッ! 鯉が飛んだのである。
 パタパタ! 水禽《みずとり》が羽搏いたのである。
 後は森然と風さえない。
 だが殺気は漲っている。
「妙な運命にぶつかった[#「ぶつかった」に傍点]ものさ」旗二郎こんな場合にも、こんなことを考える余裕があった。
「ゆくりなく女を助けたのが、偶然人を殺す運命となった」
 おかしいようにも思われた。
「どんな儲けにありつく[#「ありつく」に傍点]かしらん?」
 期待されるような気持ちもした。
「美人の葉末、手にはいるかな?」
 ふと思ったので嬉しくもなった。
「養子にでもなれたら大したものだ。素晴らしい屋敷、宏大な宅地、手にはいろうというものさ、うまうま養子になれるとな」
 ニコツキたいような気持ちもした。
「とにかくウンと働くのだ。見せつけてやろうぜ、冴えた腕を。だが」と母屋の方を見た。「肝腎の娘はどうしているんだ。肝腎の主人はどうしているんだ。いやに静まっているではないか……オッ、足音!」
 と耳を立てた。
 シトシトと足音が聞こえて来る。だが姿はわからない。木立を縫って来るからだろう。
 不意に足音が消えてしまった。
 と思った時また聞こえた。
「はてな?」と呟いたのはその足音が、二手に別れたからである。
 三人ずつ二手に別れたらしい。こちらの方へ三人が来、母屋の方へ三人が、築山を巡って行くようである。
「いよいよ来るか」
 と旗二郎、建物の角へ背中をつけ、太刀を中段、堅固に構え、奥歯を噛みしめ呼吸をととのえ、一心に前方をすかして見た。
 だんだん足音が近づいて来る。だがまだ敵の姿は見えぬ。
 すると忽然、太刀打ちの音! 築山の方から聞こえて来た。
 チャリーンと一合! つづいて数合! それに続いて数声の悲鳴! 向こうへ向かった敵を相手に、味方の三人が切り合ったらしい。
「ウム、やったな! どうだ勝負は? やっつけたかな? やられたかな?」
 旗二郎の全身はひきしまった。「出ろ出ろ出ろ! こっちへも出ろ!」
 ブルッと武者顫《むしゃぶる》いをした時である。前方の繁った木立を抜き、颯《さっ》と走り出た人影があった。
 三人の覆面の武士である。
「来い!」
 と勇躍、旗二郎、建物の角から走り出た。
「悪漢!」
 と一声、胆を奪い、真っ先に進んで来た一人を、サーッと右の袈裟に掛けた。
 が、それは駄目であった。十分用心をしていたのだろう、旗二郎の太刀を横に払い、翻然斜めに飛びのいた。
「方々!」
「うむ」
「ご用心!」
 三人声をかけ合ったが、抜き身を構えると三方へ開き、旗二郎を中へ取り込めようとした。
「これはいけない」
 と旗二郎、ポンと飛び返ると闇の中――以前隠れていた建物の角へ、ピッタリ背中を食っつけたが、「さあて、これからどうしたものだ」
 突嗟の間に思案した。
 見れば三人の敵の勢、大事を取るのか早速にはかからず、且つは秘密を保とうとしてか、無駄な掛け声をかけようともせず、タラタラと三本の太刀を揃え、ジリジリ……ジリジリ……と寄せて来る。
 いずれも相当の手利きらしい。が、その中では真ん中にいる、体付きのきゃしゃ[#「きゃしゃ」に傍点]な一人の武士が、どうやら一番未熟らしい。そのくせどうやらその人物が、彼らの仲間での首領らしい。花垣と呼ばれた人物らしい。
「よし」
 と旗二郎うなずいた。「真ん中の奴を打ち取ってやろう」
 で、闇中に構えながら、その男の隙を窺った。ところがそれが自ら、その人物に感じられたらしい。卑怯にもスルスルと退いた。
「こやつ」
 と思った旗二郎、卑怯な態度に気を悪くしたか、二人の敵のいるのを忘れ不覚にもツツーと進み出た。
 と、月光がぶっかけ[#「ぶっかけ」に傍点]て来た。で、全身が露出した。
 そこを狙った二人の武士、あたかも「しめた!」といわんばかりに、呼吸を合わせて左右同時、毬のように弾《はず》んで切り込んで来た。
「おっ」と叫んだ旗二郎、一瞬ヒヤリと胆を冷やしたが、そこは手練だ、切られなかった。
 チャリーンと一刀、右手の太刀、それを抑えると首を返し、左手の一人を一喝した。すなわち鋭く甲の声で「カーッ」とばかりにくらわせた[#「くらわせた」に傍点]のである。声をかけられた左手の武士、ピリッとしたらしかったが太刀を引き躊躇するところを旗二郎、パッとばかりに足踏み違え、太刀を返すとサーッと切った。
「ワッ」という悲鳴! カチンという音! すなわち切られた左手の一人、得物を落とすとヒョロヒョロヒョロヒョロと、背後の方へよろめいたが、左肩を両手で押えると、二本の足を宙に刎ね、ドンと背後へぶっ[#「ぶっ」に傍点]倒れた。
 もうその頃には旗二郎、モロにうしろへ飛び返り、以前の場所だ、建物の角、闇の中へ体を没していた。
 そうしてそこから呼んだものである。「さあ来い、さあ来い! ……さあ来い、さあ来い!」ここでゆっくり[#「ゆっくり」に傍点]と、「来やアがれエーッ」
 グッと引きつけた太刀の柄、丹田にあてた[#「あてた」に傍点]は中段の序、そこでもう一度、
「来やアがれーッ」
 だがこんな場合にも、旗二郎心中で考えていた。「随分切った、働いた。儲からなければやりきれない、娘の婿になれるかな。ここの養子になれるかな?」
 ――それだけの余裕があったのである。



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