国枝史郎「大鵬のゆくえ」(24) (おおとりのゆくえ)

国枝史郎「大鵬のゆくえ」(24)

    百鬼夜行

 まず真っ先に眼に付いたのは、数奇を凝らした庭であったが、無論それには驚きはしない。第二に彼の眼に付いたは見霞むばかりの大座敷が、庭園の彼方《あなた》に立っていた。
「うむ、これこそ百畳敷……」と、こう思ったそのとたん、百畳敷の大広間に奇々怪々の生物《いきもの》があるいは立ちあるいは坐りあるいはキリキリと片足で廻りあるいは手を突いて逆立ちし、舌を吐く者眼を剥《む》く者おどろ[#「おどろ」に傍点]の黒髪を振り乱す者。――そうして、それらの生物のそのある者は三つ目でありまたある者は一つ目でありさらにある者は醤油樽ほどの巨大な頭を肩に載せた物凄じい官女であり、さらにさらにある者は眉間尺《みけんじゃく》であり轆轤首《ろくろくび》であり御越入道《みこしにゅうどう》である事を驚きの眼に見て取ったのであった。……そうしてそれらの妖怪どもは例の蒼然たる鬼火の中で蠢《うごめ》き躍っているのであった。化物屋敷! 百鬼夜行!
 で、思わず「むう――」と唸ったのである。
「藪氏、藪氏、お下りなされ」
 下から呼ぶ和泉守の声に、はっ[#「はっ」に傍点]と気が付いて紋太郎は急いで梯子を下へ下りた。
「どうでござったな? あの妖怪は?」
 和泉守は笑いながら訊いた。
「不思議千万、胆を冷しました」
「アッハハハさようでござろう」
「彼ら何者にござりましょうや?」
「見られた通り妖怪じゃ」
「しかし、まさか、この聖代に。……」
「妖怪ではないと思われるかな」
「はい、さよう存ぜられますが」
「妖怪幾匹おられたか、その辺お気を付けられたかな?」
「はい私数えましたところ二十一匹かと存ぜられまする……」
「さようさよう二十一匹じゃ」
「やはりさようでございましたかな。……ううむ、待てよ、これは不思議!」
「不思議とは何が不思議じゃな?」
「諸侯方も二十一人。妖怪どもも二十一匹」
「ははあようやく気が付かれたか。……まずその辺からご研究なされ」
 和泉守はこう云うとそのままむっつり[#「むっつり」に傍点]と黙ってしまった。話しかけても返事をしない。
 こうして時間が経って行く。
 と、射していた蒼い光が忽然パッと消えたかと思うと天地が全く闇にとざされ木立にあたる深夜の嵐がにわかに勢いを強めたと見えピューッピューッと凄い音を立てた。
「表門の方へ」
 といいすてると和泉守は歩き出した、一同その後について行く。
 榎木の蔭に佇《たたず》んで表門の方を眺めているとギーと門が八文字に開いた。タッタッタッタッと駕籠を守って無数の同勢が現われたが、毛利侯を真っ先に二十一頭《かしら》の大名が写山楼を出るのであった。
 再び闇の空地を通い諸侯の駕籠の町に去った後の、写山楼の寂しさは、それこそ本当に化物屋敷のようで、見ているのさえ気味が悪かった。
「もう済んだ」
 と呟くと和泉守は合図をした。いわゆる引き上げの合図でもあろう、手に持っていた龕燈《がんどう》を空へ颯《さっ》と向けたのである。それと同時に物の蔭からむらむらと[#「むらむらと」に傍点][#「むらむらと[#「むらむらと」に傍点]」は底本では「らむらと[#「らむらと」に傍点]」]人影が現われたが、人数およそ百人余り、悉く与力と同心であった。
「藪氏」
 と和泉守は声をかけた。「おさらばでござる。いずれ殿中で……」
「は」
 といったが紋太郎はどういってよいかまごついた。
「あまり道など迷われぬがよい。アッハハハお帰りなされ」
 いい捨て部下を引き連れると町の方へ引き上げて行った。
 後を見送った紋太郎はいよいよ益※[#二の字点、1-2-22]とほん[#「とほん」に傍点]として茫然《ぼんやり》せざるを得なかった。
「これはこれは何という晩だ! これはこれは何ということだ!」
 つづけさまに呟いたが、何んの誇張もなさそうである。



[←先頭へ]

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送