国枝史郎「大鵬のゆくえ」(30) (おおとりのゆくえ)

国枝史郎「大鵬のゆくえ」(30)

    灰、煙り、即希望

 小次郎も同じく立ち上がり、
「そうだここは宝隆寺から西一町離れている。そうしてここに道標《みちしるべ》がある。そうしてここは畑の中だ。それにお日様も傾いてあんなに西に沈んでいる。道標の影もうつっている。――道標、畑の中、お日様は西だ、影がうつる、影がうつる、影がうつる――ちゃアンと暗号文字《やみもじ》に合っている。さあもう一度掘って見ようぜ」
 そこで二人は鍬を取り、道標の影の落ちた所を、根気よくまたも掘り出した。
 石や瓦は出るけれど、平安朝時代の大富豪馬飼吉備彦《うまかいきびひこ》の隠したといわれる財宝らしいものは出て来ない。
 二人はすっかり落胆して鍬を捨てざるを得なかった。
「オイ」
 と三津太郎は憎さげに、「お前が西丸で盗んだというその在原業平の軸、もしや贋《にせ》じゃあるめえかな」
「冗談いうな」
 と小次郎もムッとしたようにいい返す。
「千代田の大奥にあった軸だ。贋やイカ物でたまるものか。それよりお前が長崎の蘭人屋敷で取ったという、その文屋と遍昭が食わせものじゃあるめえかな」
「うんにゃ違う、こりゃ確かだ。俺が現在二つの眼で、写山楼の内《なか》で見たものだ。そうして文晁がお礼としてあの蘭人にくれたものだ。そうでなくってこの俺が江戸から後を尾行《つけ》るものか。べらぼうなことをいわねえものだ」
「へん、どっちがべらぼうでえ、へんな贋物を掴みやがって」
 二人はだんだんいい募った。
 やがて日が暮れ夜となったが、その星ばかりの闇の中で撲り合う声が聞こえて来た。

 その翌日のことである。
 二、三人の百姓がやって来た。
「ヒャア、こいつあぶっ[#「ぶっ」に傍点]魂消《たまげ》た。でけえ穴が掘ってあるでねえか!」
「道標《みちしるべ》の石も仆れているのでねえか」
「この畑の踏み荒しようは。こりゃハア天狗様の仕業《しわざ》だんべえ」
 百姓達は不平タラタラその大きな穴を埋め出した。
 それは大変寒い日で、彼等はやがて焚火をし、
「やあここに掛け物がある」
「やあここにも掛け物がある」
「一つ二つ……五つ六つ、六つも掛け物落ってるだあよ」
「何んて穢ねえ掛け物だあ。踏みにじられてよ泥まみれになってよ」
「火にくべるがいいだあ、火にくべるがいいだあ」
 信輔筆の六歌仙は間もなく火の中へくべられた。
 濛々と上がる白い煙り。忽ち焔はメラメラと六歌仙を包んで燃え上がったが、火勢に炙《あぶ》られたためでもあろうか、六歌仙六人の左の眼へ、一字ずつ文字が現われた。
「やあ眼の中へ字が出ただよ。誰か早く読んで見ろやい」
「お生憎《あいにく》さまだあ。字が読めねえなあ」
 間もなくその字も焔に包まれ、千古の謎は灰となった。
「ああ暖けえ。ああいい火だ」
「もう春だなあ。菫《すみれ》が咲いてるだあ」
「ボツボツ桜も咲くずらよ」
 百姓達は暢気そうに火にあたりながら話していた。



[←先頭へ]

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送