国枝史郎「鸚鵡蔵代首伝説」(07) (おうむぐらかえくびでんせつ)

国枝史郎「鸚鵡蔵代首伝説」(7)

人か幽鬼か

「ところで俺ら約束したっけなア、もう一度きっとお目にかかるって! さあお目にかかった。どうするか見やがれ! ……女に姿やつしてよ、中仙道から奥州街道、東海道まで土蔵を破らせりゃア、その昔の熊坂長範よりゃア凄いといわれた綱五郎、聞きゃア草深え川路の山奥に納谷という旧家があって、鸚鵡蔵という怪体《けったい》な土蔵があるとのこと、しめた! そういう土蔵《むすめ》の胎内にこそ、とんだ値打のある財宝《はららご》があるってものさ、こいつア割《あば》かずにゃアいられねえと、十日あまりこの辺りをウロツキ廻り、今夜念願遂げて肚ア立ち割り調べたところ、有った有った凄いような孕子があった。現在《いまどき》の小判から見りゃア、十層倍もする甲州大判の、一度の改鋳《ふきかえ》もしねえ奴がザクと有った。有難え頂戴と、北叟笑いをしているところへ、割いた口から今度は娘っ子が転がり込んで来た! 黄金《かね》に女、盆歳暮一緒! この夏ア景気がいいぞ!」
 グーッと綱五郎は抑え込んだ。
(無念!)と菊弥は、抑え付けられた下から刎返そう刎返そうと※[#「足へん+宛」、第3水準1-92-36]きながら、
(烈士、別木荘左衛門の一味、梶内蔵丞《かじくらのじょう》の娘の自分が、こんな盗賊に!)
 抑えられている口からは声が出ない! 足で床を蹴り、手を突張り、刎返そう刎返そうと反抗《あらが》った。
 そう、菊弥は娘なのであった。父は梶内蔵丞と云い、承応元年九月、徳川の天下を覆そうとした烈士、別木荘左衛門の同志であった。事あらわれて、一味徒党ことごとく捕えられた中に、内蔵丞一人だけは遁れ終わせ、姓名を筧求馬《かけいもとめ》と改め、江戸に侘住居をした。しかし大事をとって、当歳であった娘のお菊を、男子として育てた。というのは、幕府《おかみ》において、梶内蔵丞には娘二人ありと知っていたからであった。その菊弥も、官吏《かみやくにん》や世間の目を眩ますことは出来たが、土蔵破《むすめし》の綱五郎の目は欺むけず……
 だんだん抵抗力《ちから》が弱って来た。
(何人《どなた》か……来て! 助けてエーッ)
 そういう声も口からは出ない。
 と、この時蔵の中が、仄かな光に照らされて来た。光は、次第に強くなって来た。蔵の奥に、二階へ通っている階段があり、その階段から光は下りて来た。段の一つ一つが、上の方から明るくなって来た。と、白布で包んだ人の足が、段の一つにあらわれた。つづいて、もう一方の足が、その次の段を踏んだ。これも白布につつまれている。
 黒羽二重の着物を着、手も足も白布で包み、口にお篠の生首を銜え、片手に手燭を持った男が、燠のように赤い眼、ふくれ上った唇、額に瘤を持ち、頤に腐爛《くずれ》を持った獅子顔を正面に向け、階段を下り切ったのは、それから間もなくのことであった。髪を銜えられて、男の胸の辺りに揺れているお篠の首は、手燭の光を受けて、閉じた両眼の縁が、涙で潤っているように光っていた。その顔の左右へは、男の、髻の解けた長髪が振りかかり、女の首を抱いているように見えた。
「わッ」という怯えた声が響いた時には、綱五郎は躍り上っていた。刹那、匕首《どす》が閃めいた。綱五郎が抜刀《ぬい》て飛びかかったのである。再度悲鳴が聞こえた時には、生首を銜えた男の手に、血まみれの匕首が持たれ、その足許に綱五郎が斃れていた。その咽喉から迸《ほとばし》っている血に浸り、床の上に散乱しているのは、昨日、お篠が主屋の奥座敷で洗っていた、十個の代首《かえくび》と、その首の切口の蓋が外れ、そこから流れ出たらしい無数の甲州大判であった。
 恐怖から恐怖! ……賊に襲われる恐怖からは危うく助けられたが、殺人《ひとごろし》の悪鬼の出現に、戦慄のどん底へ落とされた菊弥は、床の上へ坐ったまま、悪鬼の姿を、両手を合わせてただ拝んだ。そういう菊弥を認めたのか認めないのか、仮面《めん》のような獅子顔を持った男は、胸の上の女の生首を揺りながら、よろめきよろめき、切り抜かれた壁の方へ歩いて行った。そうして、その男が落とし、落ちた床の上で、なお燃えている手燭の燈に、ぼんのくぼ[#「ぼんのくぼ」に傍点]を照らし、壁の穴から出て行った。
 手燭はまだ燃えていた。代首を利用し、その中へ、先祖より伝わる、幾万両とも知れない大判を隠し入れ、首を洗うに藉口《かこつけ》て、毎年一度ずつ大判を洗い、錆を落とすところから、鋳立《ふきた》てのように新しい甲州大判! それが、手燭の光に燦然と輝いていた。



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