国枝史郎「怪しの者」(5) (あやしのもの)

国枝史郎「怪しの者」(5)

      六

「駆け落ちの日にち[#「日にち」に傍点]と刻限とに、間違いがあっちゃア大変だが」
「今日から五日後の子《ね》の刻さ。たしかめておいたから大丈夫だよ」
「お前《めえ》も従《つ》いて行くんだったな」
「そうさ途中までお見送りするのさ。お嬢様は可愛らしいよ、何から何まで、妾《わたし》にだけはお明かしなさるのだから」
「そこがこっちのつけめ[#「つけめ」に傍点]なのだが……それにしても鶴吉というあの男、お小夜坊ばかりを連れ出して、それで満足するような、優しい玉とは思われないが」
「これまでにお嬢様の手を通して、いろいろの物を引きだしたらしいよ」
「証拠になるような品をだろう」
「ああそうさ、証拠になるような品さ」
「ところで職場の仕事だが、どうだな、はかどっているようかな」
「それだけは妾にもわからないのさ。こしらえた端《はし》から化け物屋敷の方へ、こっそり運んで行くのだからねえ」
「そういうことは鶴吉って男も、とうに知っているだろうに、化け物屋敷を調べないとは、どうにも俺には腑《ふ》におちないよ」
「これから調べるのかもしれないじゃアないか」
「そうよなア、そうかもしれない……駆け落ちの前にか、駆け落ちの夜にかな」
 私は背後《うしろ》の地袋《じぶくろ》を開け、木箱を取り出し、その中から太い竹の筒を取り出しました。
「こいつ湿らせちゃア大変だ」
「変な物だねえ、何なのさ?」
「いってみりゃア地雷火さ。普通にゃ落火《らっか》というが」
「地雷火? まア、気味の悪い……どうしてお前さんそんなものを?」
「お殿様から下げ渡されたのさ」
「お殿様って? どこのお殿様?」
「殿様に二人あるものか。俺等《おいら》のご主君は犬山の御前さ」
「それじゃア成瀬様《なるせさま》から。……でも、成瀬様がそんな恐ろしいものを……」
「いよいよの場合には火をかけろってね、俺等前もって言いつけられているのさ」
 この時露路のあちこちで、犬が吠《ほ》え出しましてございます。私は竹筒を木箱の中へ納め、また地袋の中へ押し入れて、犬の吠え声に耳をかしげましたが、「あらかた話は済んだらしいな。それじゃア……」
「何がさ」
「隣の部屋に紅裏《もみうら》の布団が敷いてあるってことさ」
「ばからしい、……わたしゃア小母様が病気だから、ちょっと見舞いに行って来るといって、お暇をいただいて来たんだよ」
「ありもしない小母様に病気をさせて、情夫《おとこ》に逢いに来るなんて、隅に置けない歌舞伎者《かぶきもの》さ」
「その歌舞伎者で心配になったよ。行き倒れ者に自分を仕組んで、持田様へ抱《かか》え込まれ、ずるずるべったりに居ついてしまって、お嬢様をたらしたあの鶴吉、わたしの居ない間に、二番狂言でも仕組んで、わたしたちを出し抜きゃアしないかとねえ」
「それじゃアすぐに帰る気か」
「どうしよう」
「じらすのか。……それともじれているのか……」
「あれ、痛いよ」
 見る眼に痛い絵模様となりましたので……。



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