国枝史郎「十二神貝十郎手柄話」(05) (オチフルイかいじゅうろうてがらばなし)
国枝史郎「十二神貝十郎手柄話」(5)
五
女の一団は歩き出した。
(さてこれからどうしたものだ?)
このまま自分の家へ帰るか、それとも女の言葉に従い、×××町などを通り過ぎて、○○町まで歩いて行って、そこで逢うことになっている、異形の人数に逢ってみようか? ――新八郎はちょっと迷った。
(いやいやそれよりあの女の素姓と、住居《すまい》とを突き止める[#「突き止める」は底本では「突め止める」]ことにしよう)
新八郎の好奇心は、女の方へ向かって行った。で、先へ行く女の一団を、新八郎はつけ[#「つけ」に傍点]て行った。
(おや)
としばらく歩いた時に、新八郎は呟いた。×××町へ出ていたからであり、そうして女の一団が、○○町の方へ行くからであった。
(女が俺を案内して○○町まで行くのかもしれない)
新八郎の好奇心は、このためにかえって倍加された。で、後をつけて行った。
こうしてとうとう○○町まで来た。するとそこで新八郎は、次々に変わった出来事と、そうして変わった人物とに逢った。
行く手に宏壮な屋敷があって、甍《いらか》を月光に光らせていたが、その屋敷の門の前まで行くと、例の女の一団が、にわかに揃って足を止め、内の様子を窺うようにした。が、急に引っ返し、その屋敷の横手に出来ている、露路の中へはいってしまった。
(いったいどうしたというのだろう)
新八郎は不思議に思って、その屋敷の方へ小走ろうとした。しかし彼は足を止めて、あべこべに物の蔭へ隠れた。
その屋敷の門が開いて、異様の行列が出たからである。二人の侍が最初に出、つづいて四人の侍が出た。その四人の侍が、長方形の箱を担《かつ》いでいる。と、その後から二人の侍が、一挺の厳《いか》めしい駕籠に付き添い、警護するように現われた。
これだけでは異様とは云えまい。
しかるにその後から蒔絵を施した、善美を尽くしたお勝手箪笥《だんす》が、これも四人の武士に担がれ、門から外へ出たのである。
異様な行列と云わざるを得まい。がもし新八郎が近寄って行って、先に出た長方形の箱を見たなら、一層に異様に思ったことであろう。
その箱が桐で出来ていて、金水引きがかかっていて、巨大な熨斗《のし》が張りつけられてあり、献上という文字が書かれてあるのであるから。
行列は無言で進んで行った。
半町あまりも行き過ぎたであろうか、その時露路に隠れていた、例の一団が、往来へ姿を現わして、その行列をつけ[#「つけ」に傍点]出した。
しかし行列の人達に、目付けられるのを憚るかのように、家々が月光を遮って、陰をなしているそういう陰を選んで、きわめてひそやかにつけ[#「つけ」に傍点]て行った。
新八郎の好奇心は、いよいよたかぶら[#「たかぶら」に傍点]ざるを得なかった。でこれも後をつけた。例の屋敷の前まで行った時、それが松本伊豆守の別邸であることに感付いた。
「ふうん」
と何がなしに新八郎は呻いた。不安と憎悪と敵愾心《てきがいしん》とが、ひとつ[#「ひとつ」に傍点]になったものを感じたからである。
(駕籠の中に伊豆守はいるのかな? 箱の中には何があるのか? そうしてあの箪笥の中には?)
(こんな深夜にどこへ行くのか?)
疑惑が疑惑を次々に生んだ。と、その時新八郎は、背後から含み声で声をかけられた。
「小糸氏、お遊びのお帰りかな」
驚いて新八郎は振り返って見た。三人の武士が背後にいる。
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