国枝史郎「十二神貝十郎手柄話」(12) (オチフルイかいじゅうろうてがらばなし)

国枝史郎「十二神貝十郎手柄話」(12)

        十二

「お篠、お前には退治られたよ。お前にかかると私《わし》というものは、まるっきり私《わし》でなくなってしまう」
 主殿頭はこう云い云い、廊下をゆるやかに先へ進んだ。
「いいえそうではございません」お篠の方は遮るように云った。「妾《わたくし》と全く同一嗜好《おなじこのみ》を、殿様にはお持ちなされていて、そこへ妾が参りましたので、それがお互いに強くなって、今日に及んだのでございます」
「それにしても伊豆殿へはお礼を云ってよい。次から次とお篠に似た女を、目付けて連れて来てくださるのでな」
「お品と申す今夜の女は、わけてもお篠の方に似ておられます」松本伊豆守は得意そうに云った。「ご満足なさるでございましょう」
「ままごと[#「ままごと」に傍点]というこの遊びを、私《わし》に教えてくだされたのも伊豆殿お前様であった筈だ」
「献上箱へ活きた犠牲《にえ》を入れ、殿へ音物としてお送りしましたのも、私が最初かと存ぜられます」
「さようさようお前様だ」
「抽斗《ひきだし》を引く、皿小鉢が出る。戸棚をあける、ご馳走が出る。抽斗を引く、盃が出る。戸棚をあける、酒が出る。……蒔絵を施した美しい、お勝手箪笥のあの『ままごと』! 酒盛りをひらくにすぐ間に合う、あの『ままごと』を妾《わたし》は好きだ! 『ままごと』をひらいてお酒盛りをする! それから献上箱の蓋《ふた》をあける! と、人形のよそおいをした、初心《うぶ》の未通女《おぼこ》の女が出る。引っ張り出して酌をさせる。それから? それから? それから? それから? ……もう『ままごと』も献上箱も、運ばれている筈でございます! 早く行こうではございませんか! 行ってままごと[#「ままごと」に傍点]をいたしましょうよ!」
 うわ[#「うわ」に傍点]言のように云いながら、お篠の方は先へ進んだ。やがて三人は主屋《おもや》を抜け、ギヤマン室をつないでいる、長い廻廊へ現われた。やがて三人は見えなくなった。
 ギヤマン室へはいったのである。



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