国枝史郎「十二神貝十郎手柄話」(14) (オチフルイかいじゅうろうてがらばなし)

国枝史郎「十二神貝十郎手柄話」(14)

        十四

 この頃京橋の、館林様の邸内の、奥まった部屋で館林様は、女勘助や神道徳次郎や、紫紐丹左衛門や鼠小僧外伝や、火柱夜叉丸や稲葉小僧新助などと、酒宴をしながら話していた。
「やくざな奴らでございますよ。私の手下ながらあの奴らは!」女の姿をした女勘助が、謝るようにそんなように云った。「同心めいた二人の侍が、後からあわただしく追っかけて来て、館林のお殿様が仰せられた、『ままごと』と献上箱とは神田神保町の、十二神《オチフルイ》貝十郎の邸まで、予定を変えて運んで行くように、と、こう私達に、云いましたので、そこで私達はその通りにしました。と手下《あいつ》ら云うじゃアございませんか、……ところがお殿様に承われば、そんなご命令はなかったとの事、やくざな奴らでございますよ、私の手下ながらあいつらは! 肝心な二品を横取られてしまって」
 女勘助の手下達が、へま[#「へま」に傍点]をやったことを女勘助が、館林様へ詫びているのであった。
「十二神《オチフルイ》貝十郎は与力の中では、風変わりの面白い奴だ。そこの邸へ運んで行ったのなら、まあそれでもよいだろう」
 館林様は案外平然と、怒りもせずにそんなように云った。
「今度の仕事には間接ではあるが、最初から十二神《オチフルイ》貝十郎が、関係をしていたのだからな」
「それはさようでございますとも」
 易者姿をした神道徳次郎が云った。
「田沼の邸前で私達が、ままごと狂女達を雨やどりしながら、何彼と噂をしているのを、あの貝十郎が少し離れた所から、同じように眺めておりまして、大分考えていた様子でしたから、何かやるなとこのように思い、外伝に云いつけて後をつけさせますと、山大という指物店へはいり、『ままごと』のことを訊ねましたそうで、外伝も後からはいって行って訊くと、一月の十五日に『ままごと』を一個、松本伊豆守へ納めるとのこと。……早速お殿様へお知らせすると、『ままごと』を奪ってすり換えろというお言葉、その結果が今夜になりましたので。……貝十郎というあの与力が、最初から関係していたものと、こう云えばこうも申せますとも」
「これは偶然からでありますが。……」女勘助が笑いながら云った。「私は女の姿をしていながら、美しい女が好きなので、水茶屋『東』のお品の顔を見たく、度々あの家へ行っているうちに、お品の顔がお篠に似ていることや、お品の情夫《まぶ》が旗本の伜の小糸新八郎だということや、お品が松本伊豆守に、引き上げられたということなどを知って、これはてっきり伊豆守から、献上箱の人形として、田沼のもとへ届けるなと感付き、気の毒だなあと思いました。ところが今夜その新八郎が、道を歩いておりましたので、言葉をかけて誘って、私達の後からつけ[#「つけ」に傍点]て来させましたが、今頃どうしておりますことやら」
「田沼め、『ままごと』や献上箱を、邸の内でひらいて見て、どんな顔をすることか、その顔が見とうございます」
 こう云ったのは僧侶に扮した、鼠小僧外伝であった。
「ご馳走の代わりにむさい[#「むさい」に傍点]物が、しこたま詰められてあるのだからなあ」
 こう云ったのは、六部姿をした、火柱の夜叉丸その者であった。
「酒の代わりにあれ[#「あれ」に傍点]なんだからなあ」
 こう云ったのは破落戸《ならずもの》に扮した、稲葉小僧新助であり、
「献上箱の中の人形が、飛んだ爺《おやじ》の人形なんだからなあ」
 こう云ったのは紫紐丹左衛門で、武骨な侍の姿をしていた。
「それより人形の持っている、あの書物を田沼が見た時、どんなに恐れおののくことか、それを私は知りたいような気がする」館林様はこう云いながら、盃を含んで微笑した。「田沼退治はこれからだ。次々に彼奴《きゃつ》を怯《おびや》かさなければならない。……だんだんに彼奴の罪悪を、彼奴と世間とへ暴露しなければならない。……暴露戦術というやつがある。大金持ちや権謀術数で、権勢を握っている為政者などを、亡ぼしたり改心させたりするには、一番恰好の戦術だ。一方では心胆を寒がらせ、一方では世間の正しい批評を、仰がせることに役立つのだからだ」

 田沼家へ行った『ままごと』の中には、何がはいっていたのであろうか?
 要するにむさい[#「むさい」に傍点]物であって、飲めも食べも出来ないものであった。では、献上箱にはいっていた物は? 田沼主殿頭その人を、さながらに作った人形であって、しかもその胸には短刀が刺してあり、手には斬奸状が持たされてあった。
 一、その方屋敷内の儀、格別の美麗を尽くし、衣食並びに翫木石に至るまでも、天下比類なき結構にて、居間長押《なげし》釘隠し等は、金銀無垢にて作り、これは銀座の者どもより、賄賂として取り候ものの由、不届き至極。
 二、諸大名官位の儀は、天聴へ奏達も有之《これあり》、至って重き儀に御座候処《そうろうところ》、金銀をもって賄賂すれば、容易く取り持ち、世話仕候不届き至極。
 三、近年詮挙進途の権家は、皆その方親族の者ばかりにて、その方の召使いの妾等を願望の媒《なかだち》となし、度々登城仕らせ、殊に数日逗留、その節莫大の金帛相い贈り、内外の親睦を結び置き候儀、不届き至極。
 四、諸事倹約と申す名目を立て、自己のみ奢り、上を虐げ、下を搾取す。不届き至極。
 等々と云ったような条目が、斬奸状には連らねてあった。

 二月が来て春めいた。隅田川に沿った茶屋の奥の部屋で、お品と新八郎とが媾曳《あいび》きをしていた。
「お品、こいつを着けてやろうか」
 新八郎は鉄で作った、刺《とげ》のある不気味の貞操帯を揺すった。
「阿呆らしい」
 とお品は一蹴してしまった。
「そんなもの嫌いでございます」
「お品、こいつを冠せてやろうか」
 新八郎は驢馬仮面を撫でた。
「馬鹿らしい」
 とお品は一蹴してしまった。
「男に冠せるとようございますわ」
「御意《ぎょい》で」
 と男の新八郎は云った。
「こういう刑罰の道具類や、こういう節操保持の機械は、女から男へ進呈すべきものさ。……悪事は男がしているのだからなあ」
「浮世は逆さまでございますわね」
「御意で」
 と新八郎は早速応じた。
「浮世は逆さまでございますとも。そこで大変息苦しい。そこで当分貝十郎式に、韜晦《とうかい》して恋にでも耽るがよろしい」
「でも、勇気がございましたら。……」
「あ、待ってくれ、勇気なんてものは、館林様にお任せして置け。……勇気なんてものを持とうものなら、お前となんか交際《つきあ》う代わりに、ああいう六人の無頼漢どもと、交際《つきあ》わなければならないことになる……」
「では、勇気なんか、棄ててしまいましょう」
 あわててお品は勇気をすててしまった。
 で、二人は幸福なのであった。
 で、二人は平和なのであった。



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