国枝史郎「十二神貝十郎手柄話」(20) (オチフルイかいじゅうろうてがらばなし)

国枝史郎「十二神貝十郎手柄話」(20)

        六

 お島は寂しいところから、一つは姪のお京の家が、貧しい生活をしているところから、お京を寮へ引き取って、玩具《おもちゃ》の人形でも愛するようにして、ずっと以前から育てて来た。お京は愛くるしい性質で、悪戯《いたずら》もしたがその悪戯さえ、可愛らしく見えるという性《たち》であった。
「姉ちゃんお庭へ行って遊びましょうよ」
 しかしお島は黙っていた。いつもよりは今日は気持ちが悪く、返辞をするのさえ大儀だからであった。
「姉ちゃんお庭へ行って遊びましょうよ」
 お京はなおもせがんだが、お島が返辞をしないので、つまらなそうに部屋を出て、一人で庭の方へ行こうとした。と、奥から賑やかな、人々の笑い声が聞こえて来た。お京へ子供らしい好奇心が起こって、奥の方へはいって行った。
 酒盛りをしている次の部屋が勘三の常時《いつも》いる部屋であって、高価な調度などが飾り立ててあった。その部屋までお京がはいって行った時、彼女の心を惹く物があった。手文庫の抽斗《ひきだし》が半ば開いていて、人形の顔が見えていたのである。
「まあ」
 と彼女は嬉しそうに云って、抽斗からそっと人形を取り出し、部屋を出て庭へ走り出た。庭には午後の日があたっていて、遊ぶによくポカポカと暖かかった。
 山吹がこんもりと咲いていて、その叢《くさむら》の周囲《まわり》には青み出した芝生が、茵《しとね》のように展べられていた。山吹の背後《うしろ》には牡丹桜が重たそうに花を冠っていた。お京は芝生へ坐り込んだが、人形を膝の上へ大事そうに乗せると、しばらく熱心にもてあそんだ。
 それは縫いぐるみ[#「いぐるみ」に傍点]の人形であって、派手な振り袖が着せてあった。大きさはおよそ五寸ぐらいで、顔は十八、九の女の顔であった。
 そうやってしばらくもてあそんでいたが、そこは子供のことであった、やがて飽きると抛《ほう》り出して、何やら流行唄《はやりうた》をうたい出した。と、その時一人の男が、こっそりとこっちへ近寄って来た。今まで勝手口でお三どんを相手に、油を売っていた仙介であった。
「おやおやこれはお嬢さんで、……日向《ひなた》ぼっこでございますかな」
 こんなことを云いながら近寄って来たが、抛り出されてある人形を見ると、すぐに取り上げてじっと[#「じっと」に傍点]見た。
「…………」
 何んとも云いはしなかったが、仙介の眼の光ったことは! とにわかに「痛い!」と云った。
 見れば仙介の拇指《おやゆび》から、血がポッツリと吹き出している。人形の胎内に針があって、強く握った時それの先が、拇指の一所を刺したものと見える。
「そうか!」と仙介は思いあたったように云った。
「これですっかり見当が付いた!」
 どうしようかと云ったように、一瞬仙介は考え込んだが、チラリとお京へ眼を移してから、素早く人形を懐中しようとした。が、その時植え込みの背後《うしろ》から、
「お嬢様!」
 と呼ぶ声が聞こえて来たので、あわてて仙介は人形を取り出し、お京の膝の上へ投げるように置き、庭を横切って姿を消した。それと引き違いに姿を現わしたのは、他ならぬ小間使いのお菊であった。
 仙介の後を見送り見送り、お京の側までやって来たが、お京の膝の上の人形を見ると、ギョッとしたように眼を躍らせ、すぐに取り上げて袖の中へ引き入れ、つかつかと家の方へ走って行った。



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