国枝史郎「怪しの館」(07) (あやしのやかた)

国枝史郎「怪しの館」(7)

        七

 いつか旗二郎裏庭へ出た。
 素晴らしく宏大な庭である。山の中へでもはいったようだ。
 木立がか[#「か」に傍点]黒く繁っている。築山が高く盛り上がっている。広い泉水がたたえられてある。いたる所に花木がある。泉水には石橋がかかっている。
 ずっと遙かの前方で、月光を刎ねているものがある。風にそよいでいる大竹藪だ。その奥に燈火がともっている。神の祠でもあるらしい。燈明の火がともっているらしい。
 地面は苔でおおわれている。で、気味悪く足がすべる。
 一所に小滝が落ちている。それに反射して月光が、水銀のようにチラチラする。
 と、ほととぎすのなき声がした。
「まるで大名の下屋敷のようだ。その下屋敷の庭のようだ」
 呟きながら旗二郎、築山のうしろまで行った時である。
 築山の裾に岩組があり、それの蔭から黒々と、一個の人影が現われた。
「おや」
 と思った時、掛け声もなく、スーッと何物か突き出した。キラキラと光る! 槍の穂だ! 黒影、槍を突き出したのである。
「あぶない!」
 と思わず叫んだが、「何者!」と再度声を掛けた。とその時には旗二郎、槍のケラ首をひっ[#「ひっ」に傍点]掴んでいた。
 と、黒影、声をかけた。
「先刻はご苦労、まさしく平打ち、ピッシリ肩先へ頂戴してござる。……で、お礼じゃ、槍進上! ……そこで拙者はこれでご免! ただしもう[#「もう」に傍点]一人現われましょう」
 スポリとどこかへ消えてしまった。
 団々と揺れるものがある。雪のように真っ白い。白牡丹の叢があるのであった。黒い人影の消えた時、恐らく花を揺すったのであろう。プーンと芳香が馨って来た。
「驚いたなあ、何んということだ。物騒千万、注意が肝腎。……槍進上とは胆が潰れる。……待てよ待てよ、何んとかいったっけ『先刻はご苦労、まさしく平打ち、ピッシリ肩先へ頂戴してござる』――ははあそうするとさっき方、この家の娘を門前で、かどわかそうとした奴だな? ……ふうむ、それではあいつらが、潜入をしているものと見える。いよいよ物騒、うっちゃっては置けない。葉末とかいう娘のため、ここの庭から駆り出してやろう」
 ソロソロと進むと滝の前へ出た。
 そこをよぎる[#「よぎる」に傍点]と林である。蘇鉄《そてつ》が十数本立っている。
 と、その蔭から声がした。「これは結城氏結城氏、さっきは平打ち、いただいてござる。で、お礼! まずこうだ!」
 ポンと人影飛び出して来た。キラリと夜空へ円が描かれ、続いて鏘然《しょうぜん》と音がした。パッと散ったは火花である。切り込んで来た敵の太刀を、抜き合わせた結城旗二郎、受けて火花を散らしたのである。
 二人前後へ飛び退いた。
「お見事」と敵の声がした。「が、もう一人ご用心! ご免」
 というと消えてしまった。
 蘇鉄の頂きが光っている。月があたっているかららしい。
「ふざけた奴らだ」と旗二郎、気を悪くしたが仕方なかった。庭は宏大、地の理は不明、木立や築山が聳えている。どこへ逃げたか解らない。追っかけようにも追っかけようがない。
「よし」と旗二郎決心した。「もう一人出るということだ。今度こそ遁がさぬ、料理してくれよう」
 だがその企ても駄目であった。
 というのは旗二郎抜き身を下げ、用心しながら先へ進み、竹藪の前まで来た時である、竹藪の中から声がした。
「お手並拝見してござる。なかなかもって拙者など、お相手すること出来ませぬ。先刻の平打ちも見事のもの、十分武道ご鍛練と見受けた。ついてはお願い、お聞き届けくだされ。……ずっと進むと裏門になります。そこから参るでございましょう、十数人の武士どもが。……今回こそはご用捨なく、手練でお打取りくださいますよう。……それこそ葉末殿のおためでござる。また、ご主人のおためでござる。ご免」と一声! それっきりであった。いや、ガサガサと音がした。竹藪を分けてどこともなく、どうやら立ち去ってしまったらしい。
「何んということだ」と旗二郎、本当に驚いて突っ立った。
「きゃつら敵ではなかったのか。葉末殿のため、ご主人のため、こういったからには敵ではなく、味方であるとしか思われない……。ではなぜ切り込んで来たのであろう? ではなぜ葉末というあの娘を、かどわかそうとしたのだろう? 何が何んだか解らない。解っていることはただ一つだ、怪しい館だということだけだ。どうでもこの屋敷、どうでも怪しい」
 旗二郎怒りを催して来た。翻弄されたと思ったからである。
「主人のためでなかろうと、娘のためでなかろうと、俺は俺のために叩っ切る。来やがれ! 誰でも! 叩っ切る!」
 で、スルスルと足音を忍ばせ、先へ進むと木立があり、それを抜けた時行く手にあたり、取り廻した厳重の土塀が見え、ガッシリとした裏門が、その一所に立っていた。
「うむ、あいつが裏門だな」
 小走ろうとした時、トン、トン、トン、と、その裏門を外の方から、忍びやかに叩く音がした。
 と、一つの人影が、母屋の方から現われた。意外にも女の姿である。裏門の方へ小走って行く。で、旗二郎地へひれ[#「ひれ」に傍点]伏し、じっと様子をうかがったが、またも意外の光景を見た。



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