国枝史郎「大捕物仙人壺」(03) (おおとりものせんにんつぼ)

国枝史郎「大捕物仙人壺」(3)



「私《わっち》は現在見たんでさあ。嘘も偽わりもあるものですかい。ええええ尾行《つけ》て行きましたとも。するとどうでしょうあの騒動でさ」
 楽屋へは朝陽が射し込んでいた。人々はみんな出払っていて、四辺《あたり》はひっそりと静かであった。女太夫の楽屋のことで、開荷《あけに》、衣桁《いこう》、刺繍した衣裳など、紅紫繚乱《こうしりょうらん》美しく、色々の物が取り散らされてあった。
「でも本当とは思われないよ。そんな事をする人かしら?」
「恋は人間を狂人《きちがい》にしまさあ」
「だって妾《わたし》あの人に対して何もこれまで一度だって……それに妾達は従兄妹同志じゃないか」
「従兄妹であろうとハトコであろうと、これには差別はござんせんからね。……私《わっち》はこの眼で見たんでさあ」
「だってそれが本当なら、あの人それこそ人殺しじゃないか」
「だからご注意するんでさあね」
「ただの鼬《いたち》じゃないんだからね」
「喰い付かれたらそれっきりでさあ」
「恐ろしい毒を持っているんだからね」
「私《わっち》は現在見たんでさあ。裸蝋燭を片手に持って、ヒューッ、ヒューッと口笛を吹いて、檻からえて[#「えて」に傍点]物を呼び出すのをね。そいつ[#「そいつ」に傍点]を肩へひょいと載っけて、月夜の往来へ出て行ったものです。こいつおかしいと思ったので、直ぐに後をつけやした。それ私は四尺足らず、三尺八寸という小柄でげしょう。もっとも頭は巾着《きんちゃく》で、平《ひらった》く云やア福助《ふくすけ》でさあ。だから日中《ひのうち》歩こうものなら、町の餓鬼《がき》どもが集《たか》って来て、ワイワイ囃して五月蠅《うるそ》うござんすがね。折柄夜中で人気はなし、家の陰から陰を縫って、尾行て行くには持って来いでさあ。小さいだけに見付かりっこはねえ。で行ったものでございますよ。別荘作りの立派な家、そこまで行くと立ち止まり、ジロリ四辺を見まわしたね、それから木戸を窃《そっ》と開けて、入り込んだものでございますよ。で、しばらく待っていると、そこへお前さんとあの人とが、湖水《うみ》から上って来たものです。そこで鼬を放したというものだ」
「でもマア大騒ぎをしただけで、怪我はなかったということだから、妾は安心をしているのさ」
「ところが、あの人の母者人なるものが、気を失ったということですぜ」
「まあ、よっぽど驚いたんだね」
「おどろき、梨の木、山椒の木だ。が、ままともかくもこの事件は、これで納まったというものだ。そこでこれからどうしなさる?」
「どうするってどうなのだよ?」
「一度こっきり[#「こっきり」に傍点]じゃ済みませんぜ」
「じゃまたあるとでも云うのかい? 源ちゃん、そんなに執念深いかしら?」
「お前さんの遣り方一つでさあ」
「だって妾、これまでだって、随分お座敷へは呼ばれたじゃないか」
「それとこれとは異《ちが》いまさあ。それはそれで金取り主義、ご祝儀頂戴の呼吸《いき》だったが、今度はどうやらお前さんの方でも、あの青二才に惚れているようだ」
「何を云うんだよ、トン公め!」

 今から数えて十六年前、酒商《さけしょう》[#ルビの「さけしょう」は底本では「さけしやう」]伊丹屋伊右衛門《いたみやいえもん》は、この城下に住んでいた。
 旧家ではあり資産家《かねもち》ではあり、立派な生活を営んでいた。お染《そめ》という一人娘があった。その時数え年漸《ようや》く二歳《ふたつ》で、まだ誕生にもならなかったが、ひどく可愛い児柄《こがら》であった。夫婦の寵愛というものは眼へ入っても痛くない程で、あまり二人が子煩悩なので、近所の人が笑うほどであった。
 ところがここにもう一人、藤九郎《とうくろう》という中年者が、ひどくお染を可愛がった。甲州生れの遊人で――本職は大工ではあったけれど、賭博は打つ酒は飲む、いわゆる金箔つきの悪であったが、妙にお染を可愛がった。
 もっともそれには理由《わけ》があるので、お染の産れたその同じ日に――詳細《くわし》く云えば弘化《こうか》元年八月十日のことであるが、藤九郎の女房のお半《はん》というのが、やはり女の児を産んだ。ところがそれが運悪く産れた次の日にコロリと死んだ。それを悲しんで女房のお半も、すぐ引き続いて死んでしまった。さすが悪の藤九郎も、これには酷《ひど》く落胆して、一時素行も修まった程であった。
 ところでこのころ藤九郎は、伊丹屋の借家に棲んでいたので、よく伊丹屋へは出入りした。自然お染と顔を合わせる。子を失った親の愛が、同じ日に産れた家主の子へ、注がれるというのは当然であろう。



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