国枝史郎「二人町奴」(01) (ふたりまちやっこ)

国枝史郎「二人町奴」(01)



「それ喧嘩だ」
「浪人組同志だ」
「あぶないあぶない、逃げろ逃げろ」
 ワーッ[#「ワーッ」は底本では「ワーツ」]と群衆なだれを打ち、一時に左右へ開いたが、遠巻きにして眺めている。
 浪人組の頭深見十左衛門、その子息の十三郎、これが一方の喧嘩頭、従うもの二三十人、いずれも武道鍛練の、度胸の据わった連中である。
 その相手は土岐《とき》与左衛門と、その一味の浪人組、その数およそ三四十人。
 おりから春、桜花の盛り、所は浅草観世音境内、その頃にあっても江戸一の盛り場、しかも真昼で人出多く、賑わいを極めている時であった。
「あいや土岐氏」と十三郎、ヌッ[#「ヌッ」は底本では「ヌツ」]とばかりに進み出た。
 年この時二十八歳、色白く美男である。その剣道は一刀流、免許の腕を備えている。
「過日我らが組下の一人、諸戸《もろと》新吾と申す者、貴殿の部下たる矢部藤十殿に、鞘当てのことより意趣となり、双方果し合い致したるところ、卑怯にも矢部殿には数人を語らい、諸戸新吾を打ち挫き、恥辱を、与えなされたため、諸戸は無念を書き残し、数日前に腹切ってござる。以来我ら貴殿に対し、矢部殿お引き渡し下さるよう、再三使いをもって申し入れましたが、今になんのご返事もない。組下の恥辱は頭の恥辱、今日ここで偶然お目にかかった以上、貴殿を相手にこの十三郎単身お掛け合い致しとうござる。土岐氏、即座にお答え下され。さあ矢部殿を渡されるか? それともビッシリお断わりなさるか? 渡されるとあればそれでよい。当方にて十分成敗致す、渡されぬとあっては止むを得ぬ。貴殿と拙者この場において、尋常の勝負、抜き合わせましょう! いかがでござるな、さあ、ご返答!」
 凜とばかりに云い入れた。
「お気の毒ながらお断わりじゃ」
 こう云ったのは与左衛門。年の頃は四十五六、頬髯の濃い赤ら顔、上背があって立派である。
「いかにも我等組下の者矢部藤十儀、貴殿の組下、諸戸殿と果し合いは致しましたが、卑怯の振舞いは決して致さぬ。傍らに引き添った同僚が、仲間の誼み自分勝手に、助太刀の刀を揮った迄、これとて考えれば当然のこと、志合って組をつくり、一緒の行動とる以上、助け助けられるに不思議はござらぬ、矢部を渡さば成敗する。かよう云われる貴殿の言葉を、承知致したその上で、矢部を貴殿に渡したが最後、拙者の面目丸潰れじゃ。お断わりお断わり、決して渡さぬ!」
 これも立派に云い切った。
「なるほど」と云ったは十三郎、
「お言葉を聞けばごもっとも、よもやムザムザ矢部殿を、我々の手へはお渡しあるまい。止むを得ぬ儀、貴殿と拙者、ここで果し合い致しましょう」
「左様さ」と云ったが土岐与左衛門、承知するより仕方なかった。
「よろしゅうござる、お相手致そう」
 それから部下をジロリと見たが、
「これ貴殿方、助太刀無用、我ら二人だけで立ち会い致す。よろしいかな、お心得なされ」
 こうは云ったが眼使いは、その反対を示していた。一同刀を抜き連らね、一斉に引っ包んで打って取れ。よいかよいかと云っているのである。
「いざ」と云うと土岐与左衛門、大刀[#「大刀」はママ]サッと鞘ばしらせた。
 グーッと付けたは大上段、相手を呑んだ構えである。
「いざ」と同時に十三郎、鞘ばしらせたが中段に付けた。
 シ――ンと二人とも動かない。
 春陽を受けて二本の太刀、キラキラキラキラと反射する。
 それへ舞いかかるは落英である。
 ワ――ッと群集は鬨を上げた。だが直ぐに息を呑んだ。と、にわかに反動的に、浅草の境内ひっそりとなり、昔ながらに居る鳩の啼声ばかりが際立って聞こえる。
 土岐与左衛門これも免許、その流儀は無念流しかも年功場数を踏み、心も老獪を極めている。
 相手の構えを睨んだが、
「油断はならぬ。立派な腕だ。しかし若輩、誘ってやろう」
 ユラリと一歩後へ引いた。
 果して付け込んだ深見十三郎、
「むっ」と喉音《こうおん》潜めた気合。掛けると同時に一躍した。ピカリ剣光、狙いは胸、身を平《ひら》めかして片手突き!
 だが鏘然と音がした。
 すなわち与左衛門太刀を下ろし、巻き落とすイキで三寸の辺り、瞬間に払ったのである。
 十三郎、刀を落としたか?
 落とさばそこへ付け込んで、無念流での岩石落とし、肩をはねよう一刀にカッ! と与左衛門は[#「与左衛門は」は底本では「与左衛門を」]見張ったが、期待外れて十三郎、飛び退って依然同じ構え、中段に付けて揺がない。
 と、思ったも一刹那、年若だけに精悍の気象、十三郎スルスルと進み出た。






[←先頭へ]

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送