国枝史郎「銀三十枚」(01) (ぎんさんじゅうまい)

国枝史郎「銀三十枚」(01)



「おいおいマリア、どうしたものだ。そう嫌うにもあたるまい。まんざら[#「まんざら」に傍点]の男振りでもない意《つもり》だ。いう事を聞きな、いう事を聞きな」
 ユダはこう云って抱き介《かか》えようとした。
 猶太《ユダヤ》第一美貌の娼婦、マグダラのマリアは鼻で笑った。
「ふん、なんだい、金もない癖に。持っておいでよ、銀三十枚……」
「え、なんだって? 三十枚だって? そんなにお前は高いのか」
「胸をご覧、妾《あたし》の胸を」
 マリアはグイと襟を開けた。盛り上った二顆の乳が見えた。ユダはくらくら[#「くらくら」に傍点]と目が廻った。
「持っておいでよ、銀三十枚。……そのくらいの値打はあろうってものさ」
「マリア、忘れるなよ、その言葉を。……銀三十枚! よく解《わか》った」
 ユダは部屋を飛び出した。引き違いにセカセカ入って来たのは、革商人《あきゅうど》のヤコブであった。
「さあさあマリア、銀三十枚だ。受け取ってくれ、お前の物だ。……その代わりお前は俺のものだ」
 革財布をチャラチャラ揺すぶった。
「どれお見せ!」と引っ攫ったが、チラリと財布の底を見ると、
「ほんとにあるのね、銀三十枚。……じゃアいいわ、さあおいで」
 寝室の戸をギーと開けた。
 充分満足した革商人が、彼女の寝室から辷り出たのは、春の月が枝頭へ昇る頃であった。
 マリアは深紅の寝巻を着、両股の間へ襞をつくり、寝台の縁へ腰かけていた。
 銀三十枚が股の上にあった。
「畜生!」と突然彼女は叫んだ。
「一杯食った! ヤコブ面に!」
 三十枚の銀をぶちまけ[#「ぶちまけ」に傍点]た。
「マリア!」とその時呼ぶ声がした。
「誰《だアれ》!」と彼女は娼婦声で云った。
「解らないのかい。驚いたなあ」
「あら解ってよ。お入んなさい」
 彼女の情夫、祭司の長、カヤパが寝室へ入って来た。
「これはこれは」と彼は云った。
「銀《しろがね》の洪水と見えますわい」
「よかったらお前さん持っておいでな」
「気前がいいな。そいつアほんとか?」
 カヤパは勿怪《もっけ》な顔をした。



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