国枝史郎「加利福尼亜の宝島」(12) (かりふぉるにあ)


国枝史郎「加利福尼亜の宝島(カリフォルニアのたからじま)」(12)


        十二

 ところでどうしてこれらの勇士達が忽然《こつぜん》ここへ現われ出で土人に向かって攻撃を開始し、ホーキン氏親子の危い命を、間一髪に止めたかというに、それには次のような経路がある。
 ゴルドン大佐はホーキン氏の命で、日本の海豪《かいごう》小豆島紋太夫と、同盟の相談をしようものと、往復二日の予定をもってドームの露営地を出発したところ、不案内の蛮地であったがため予想外に日数がかかり、目指すビサンチン湾へ行き着いたのは実に五日目の真昼であった。
 しかるにこの時日本軍の方では、頭領小豆島紋太夫が土人部落へ行ったまま、五日経っても帰って来ず何の消息もないところから、来島十平太を大将としていよいよ土人の部落に向かい進撃しようとしていた時であった。
 そこで同盟はすぐに整《ととの》い、全軍五百のその中から二百人だけ選抜し、それへ英人二十人を加え、十平太とゴルドンが両大将となり、チブロン島を横断し計らずもここまでやって来たのであった。
 今や日英同盟軍とセリ・インデアンとの戦いはまさに白熱の最中にあったが、いかに土人が勇敢であってもとうてい日本武士には及ぶべくもなく次第次第に敗け色になった。
 土人酋長オンコッコは早くも味方の負け色を見ると、逃げ出すことに覚悟を決めたが、みすみすホーキン氏とジョン少年とを、奪いかえされるのが残念と思ったか、刀を握って走り寄り二人の傍《そば》へ近寄るや否や杭《くい》へ繋《つな》いだ縄を切り二人へ刀を突き附け、社殿の中へ連れ込もうとした。
 しかるにこの時思いもよらず裏切り者が現われた。他でもない祭司のバタチカンで、彼は最初にジョン少年が仲間の土人に捕らえられ殺されようとした時に、命乞いをして助けて以来、ジョン少年が可愛くてたまらず、杭に繋がれたその時からどうぞして助けようと思っていたところ、今その機会がやって来たので、隠れていた社殿の扉《と》を押し開き脱兎《だっと》のように走り出て、オンコッコの側《そば》へ近寄るや否ややにわにジョンを横抱きにして林の中へ逃げ込んだ。
 あっ[#「あっ」に傍点]と驚いたオンコッコは、
「裏切り者だ! 謀反人だ! 早く早くバタチカンを捉らえろ!」
 大声を上げて叫んだが、戦い最中のことではあり、誰とて耳に止めるものはない。そのうち早くもバタチカンの姿は木蔭に隠れて見えなくなった。
「よしよし餓鬼《がき》は逃げるがいい。そのうちきっと捉えてやる。……こうなったからには親父の方はどんなことがあっても逃がすことは出来ない。……さあ来やがれ! さあ来るがいい!」
 オンコッコは叫びながらホーキン氏の腕を引っ立て社殿の中へ連れ込んだ。
 すぐにガラガラと扉を締《と》じる。
 それからオンコッコはニヤニヤ笑い、柱の一所へ手を触れた。
 と、恐ろしい音がして、ホーキン氏の立っている足の下へ忽然として穴が開《あ》いた。すなわち床板が外れたのであって、アッという間もあらばこそホーキン氏の体はもんどり打って深い深い地の底へ落ち込んだ。
「おいホーキン! おい大将! そこでゆっくり[#「ゆっくり」に傍点]休むがいい。もっとも少し暗いけれどな。そうして少し黴臭《かびくさ》いけれどな。アッハハハゆっくり休みねえ。けれどあらかじめ云っておくがな、あんまりノコノコ歩き廻らぬがいい。うかうか歩くと迷児《まいご》になるぜ」
 暗い穴の中を覗きながら、オンコッコは悪口を云った。それから外れた床板を篏めるとやがて扉《と》を開けて外へ出た。
 戸外《そと》は戦いの最中である。

 穴の底へ落ちたホーキン氏は幸い酷《ひど》い傷も受けず、落ちた拍子に縄も解けにわかに自由の身になった。
「やれやれどうも酷い目に会ったぞ。おやおや手足が擦《す》り剥《む》けている」
 呟き呟きホーキン氏は四辺《あたり》の様子を探ろうとしてそっと立ち上がって歩いて見た。
「これが右だ。石の壁らしい。……これが左だ。やはり石壁か。……これが正面。これも石の壁だ。……さて背後《うしろ》はどうだろう? やはり石壁じゃあるまいかな?」
 で、背後《うしろ》へ手をやって見た。スベスベとして酷く冷たい。石ではなくて鉄の壁らしい。
「鉄とあっては石壁よりまずい[#「まずい」に傍点]。おや、待てよ、変なものがあるぞ。……や、これは金《かね》の錠だ!」
 力をこめて捻《ね》じって見た。金が腐っていたのであろう、何んの苦もなく捻じ切れた。とたんに鉄の扉がギーと開いて冷たい風が吹いて来た。
 どうやら道でもあるらしい。



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