国枝史郎「銀三十枚」(22) (ぎんさんじゅうまい)

国枝史郎「銀三十枚」(22)

22

「これはおかしい」と私は云った。
「銀三十枚の持主といえば、彼女以外にはありそうもない。そいつを請求出来る者は、佐伯準一郎氏の他にはない。だが佐伯氏は殺されている。誰が請求しているのだろう?」
 新聞の来るのが待たれるようになった。数日経った新聞に、同じような広告が掲げられてあった。
「銀三十枚の持主に告げる。銀三十枚を郵送せよ。報酬として二万円を与う」
「報酬金が倍になった」
 私の興味は加わった。
 数日経った新聞に、同じような広告が載っていた。
「銀三十枚の持主に告げる。十二使徒だけを郵送せよ。報酬として三万円を与う」
「十二使徒だけを送れという。深い意味があるらしい。だが私には解《わか》らない」
 数日経った新聞に、同じような記事が載せてあった。
「銀三十枚の持主に告げる。十二使徒だけを郵送せよ。報酬として五万円を与う」
「報酬金が五万円になった」
 私の興味は膨張した。
 と、また新聞へ広告が出た。
「銀三十枚の持主に告げる。貴女の住居を突き止めた。貴女は東区に住んで居る。十二使徒だけを郵送せよ。もはや報酬は与えない」
「これは不可《いけ》ない」と私は云った。
「この言葉には脅迫がある。さあ彼女はどうするだろう?」
 と、また新聞へ広告が出た。
「銀三十枚の持主に告げる。銀三十枚を郵送せよ。詐欺師の運命となるなかれ」
「これは恐ろしい脅迫だ!」
 私はじっ[#「じっ」に傍点]と考え込んだ。
「だが真相はこれで解った。広告主が持主なのだ。貨幣の本《もと》の持主なのだ。それを盗んだのが佐伯氏だ。それで佐伯氏の放免を待ち受け、殺して貨幣を取ろうとしたのだ。殺すことには成功したが、取り返すことには失敗した。それは当然と云わなければならない。持っている人間が佐伯氏でなくて、全然別の彼女だったからな。そこでその人は賞を懸けて、貨幣すなわち銀三十枚を、取り返そうと試みたのだ。そうして一方手を尽くして、貨幣の持主を探したのだ。そうして彼女を目つけ出したのだ。……浮雲《あぶな》い浮雲い彼女は浮雲い!」
 私の心は動揺した。
「国際的詐欺師の佐伯氏でさえ、容易に殺した人間だ。彼女を殺すぐらい何でもなかろう」
 ポッと私の眼の前に、彼女の死骸が浮かんで来た。
「これはうっちゃっては[#「うっちゃっては」に傍点]置かれない」
 私は急いで下宿を出た。俥《くるま》に乗って駈け付けた。公園を横切り町へ出た。
 彼女の家へ駈け込んだ。
 彼女は書斎に腰かけていた。彼女の顔は蒼白であった。銀三十枚が卓《テーブル》の上にあった。
 私はツカツカと入って行った。
 フッと彼女は眼を上げた。ゾッとするような眼付きであった。
「もう不可《いけ》ない」と私は云った。
「返しておしまい! 返しておしまい!」
「売りましょう! 売りましょう! 白金《プラチナ》を!」
 ひっ[#「ひっ」に傍点]叩くように彼女は云った。
「持っていなければいいのだわ」
 彼女はフラフラと書斎を出た。電話を掛ける声がした。
 貴金属商へでも掛けるのだろう。
 彼女は書斎へ帰って来た。私と向かって腰を掛けた。だが一言も云わなかった。時々ギリギリと歯軋りをした。
 貴金属商の遣《や》って来たのは、それから一時間の後であった。
 一枚の貨幣を投げ出した。ソロモンのマークの貨幣であった。
 商人は貨幣を一見した。
「これは贋金でございますよ」
「莫迦をお云い!」と彼女は呶鳴った。
「以前一枚売ったんですよ。二つと世界にない質のいい白金! こう云って大金で買ってくれたのに!」
「本物だったのでございましょう。貴女のお売りになった白金は。これは白金ではございません」
 商人の言葉は冷淡であった。
「いいのよいいのよそうかもしれない。たくさんあるのよ。白金はね。一枚ぐらいは贋金かもしれない。これはどう? この貨幣は?」
 彼女はもう一枚投げ出した。ダビデのマークの貨幣であった。
「これも贋金でございます」
 商人の答えは冷淡であった。
 私と彼女とは眼を見合わせた。
「ふん、そうかい。贋金かい、白金はたくさんあるんだよ。二枚ぐらいは贋もあろうさ」
 彼女は努めて冷静に云った。
「これはどうだろう! この貨幣は?」
 また一枚を投げ出した。使徒ポーロのマークの付いた、ぴかぴか光る貨幣であった。
「これは贋金じゃアあるまいね?」
 商人は手にさえ取らなかった。
「やはり贋金でございますよ」
「いいわ」と彼女は呻くように云った。
 革財布を逆さにした。全部の白金を吐き出した。
「幾枚あるの? 本物は?」



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