国枝史郎「加利福尼亜の宝島」(19) (かりふぉるにあ)


国枝史郎「加利福尼亜の宝島(カリフォルニアのたからじま)」(19)


        十九

 斬ると同時に紋太夫は岩の蔭へ身を引いたが、真に素早い行動である。しかしそれにも劣らなかったのは、斃れた土人が手に持っていた人骨製の短槍を、岩の蔭から手を伸ばし、素早く攫《と》ったホーキン氏の動作で、槍を握るとその槍で二番手の土人の胸を突いた。「ワーッ」と云ってぶっ[#「ぶっ」に傍点]仆《たお》れる土人。胸から滾々《こんこん》と流れ出る血で、土がぬかるむ[#「ぬかるむ」に傍点]ほどである。とまたパッと岩の蔭から躍り出たのは紋太夫で、構えも付けず横なぐり[#「なぐり」に傍点]に三番目の土人の肩を斬った。すなわち袈裟掛《けさが》けにぶっ[#「ぶっ」に傍点]放《ぱな》したのである。「キャッ」というとその土人は酒樽のようにぶっ仆《たお》れたが、切り口からドクドク血を零《こぼ》す。とたんに飛び出たのはホーキン氏で四番目の土人の腹を突いた。
「えい、ついでにもう一匹!」
 叫ぶと一緒に五番目の土人を、紋太夫は腰車に刎《は》ね上げた。
「もうよかろう」
「では一休み」
 二人は声を掛け合ったが颯《さっ》と隠《かく》れ家《が》へ飛び込んだ。汗も出なければ呼吸《いき》もはずまない。
 それこそ文字通り一瞬のうちに、五人殺された土人どもは、味方の死骸を捨てたまま、悲鳴を上げて逃げ出した。元来た方へ逃げ帰ったのである。土人の姿が消えてしまうと同時に松火も消えたので地下道の中は暗くなった。
「アッハハハハハ、弱い奴らだ」紋太夫は大声で笑い出した。「ホーキン氏、幾人斬ったな?」
「さようさ、二人は殺した筈だ」
「俺の方が一人多いな。俺は三人ぶッ[#「ぶッ」に傍点]放した」
「土人ども、どうするであろう?」
「このままでは済むまいな。いずれ大勢で盛り返して来よう」
「ちとそいつはうるさい[#「うるさい」に傍点]な」ホーキン氏は考え込む。
「来る端から叩っ斬るまでよ」紋太夫は平気である。
「しかしきゃつらは無尽蔵だからな」
「百人も殺したら形が付こう。茄子《なす》や大根を切るようなものだ」紋太夫は豪語する。
「しかしそれまでにはこっちも疲労《つか》れよう」
「ナニ、疲労《つか》れたら休むまでよ」
「俺の考えは少し違う」考え考えホーキン氏は云う。「俺は後へ引っ返そうと思う」
「引っ返すとはどこへ行くのだ?」
「俺の通って来たこの地下道は、幸いのことに迷宮ではない。枝道のない一本道だ。そうして社殿へ通じている。……だからこの道を二人で辿ってひとまず社殿へ出ようと思う」
「なるほど」と云ったが紋太夫は賛成の様子を見せなかった。
「なるほどそれもよいかも知れない。しかし俺は不賛成だ」
「ふうむ、不賛成? それは何故かな?」
「俺はオンコッコと約束した。剣《つるぎ》を取って来ると約束した。是非とも剣は取らなければならない」
「剣は大いに取るがいいさ。しかし今は機会《おり》が悪い」ホーキン氏は熱心に、「そうだ今は機会《おり》が悪い。とにかく一旦地下を出て、日の光の射す地の上へ出て、そうして部下を呼び集め、さらに再びこの地下道から地下の国へ侵入し、その剣を取るもよく、神秘の国の秘密を探り故郷への土産《みやげ》にするもいい。しかしどうしても一旦は地の上へ出る必要がある」
 さすがホーキン氏は英国人だけに、その云う事が合理的である。
「これはお説ごもっともじゃ」紋太夫は頷いた。「よろしい、お言葉に従おう。すぐに地下を出ることにしよう」
「おおそれでは賛成か。案内役はこの俺だ」
 云うより早く、ホーキン氏は地下道の奥の方へ走り出した。
 おおよそ十丁も来た頃であった。その時忽ち前方から――すなわち二人の行く手から、松火《たいまつ》の火を先頭に立て、その勢百人にも余るであろうか、真っ黒に固まった一団の人数が、こなたを指して寄せて来た。
 二人は驚いて立ち止まり、その一団の人数を見ると、意外も意外土人酋長オンコッコの率いる軍勢であった。
 その時、ワーッと鬨《とき》の声が、今来た方角から聞こえて来た。振り返って見ればさっきの土人が新たに人数を駆り集め後を追っかけて来たのであった。
 二人はここに計らずも腹背に敵を受けたのである。
「紋太夫殿、もういけない」ホーキン氏は嘆息した。
「いやいや、まだまだ、落胆するには及ばぬ。最後の場合には剣がござる。切れ味のよい日本刀! たかが南米の蛮人ども、切って捨てるに訳はござらぬ」
 日本武士の真骨頂、大敵前後に現われたと見るや、紋太夫は勇気いよいよ加わり、大刀の束《つか》に手を掛けながら前後を屹《きっ》と見廻したものである。


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