国枝史郎「加利福尼亜の宝島」(23) (かりふぉるにあ)


国枝史郎「加利福尼亜の宝島(カリフォルニアのたからじま)」(23)


        二十三

 間もなく一つの河へ来た。河岸に乞食《こじき》が転がっている。老い衰えた土人乞食で、手足は垢黒み衣裳は破れ、悪臭がプンプン匂って来る。とても穢《きたな》い乞食であったが、ジョン少年を呼び掛けた。
「小僧、小僧、ちょっと待て!」
 ジョンは吃驚《びっくり》して立ち止まった。
「俺は病気で歩くことが出来ぬ。俺を背負って河を越せ!」横柄な不遜な物云いである。
 ジョン少年はムッとしたが、相手が年寄りの病人だと思うと、怒鳴り返すことも出来なかった。かえって乞食が気の毒になった。
「病気なの? 気の毒だなあ。ああいいとも背負ってあげよう」こう云いながら背を向けた。と、乞食は立ち上がり、痩せ涸れた体を凭《も》たせかけたが、見掛けに似合わず目方がある。
「ううん、畜生、ヤケに重いなあ」呟き呟きジョン少年は河を向こうへ越して行った。
 すると乞食は負われながらむやみと悪態を吐《つ》くのであった。
「ヤイ薄野呂《うすのろ》! 間抜け野郎! そんな方へ行くと溺れるぞ! そっちは淵だ! 深い淵だ! ヤイヤイ小僧どこへ行くんだ! そんな方へ行くと躓《つまず》くぞ! そこには大きな岩があるんだ! 何んというこいつは馬鹿なんだろう! 真っ直ぐに行きな真っ直ぐに。そうだそうだ真っ直ぐにな。おやこの餓鬼は横へ曲がったな。餓鬼のくせに云う事を聞かぬ。根性曲がりの悪垂《あくた》れ小僧め、ほんとに小憎らしい小僧じゃアねえか!」などと憎々しく怒鳴るのであった。
 ジョン少年は何んと云われても、相手になろうとはしなかった。「可哀そうな乞食だよ。あんまりこれまで苦労したので気が狂ったに違いない」――こう思えば腹も立たない。で黙って進んで行く。
 やがて河を渡り切るとジョン少年はほっとした。そこで乞食《こじき》を背中から下ろし帽子を取ると挨拶した。
「お爺さんさようなら。僕はこれで失敬するよ」
「まあお待ち」と乞食は云った。「お前はほんとに感心な子だね。よくお前は忍耐したね。俺はほんとに感心したよ。お前はきっと成功するよ。それは俺が保証してもいい。……さあ、ご褒美にいい物を上げよう」
 こう云いながら左右の手を、ジョンの眼の前でパッと開いた。黒い色をした石の玉が二つ掌《てのひら》に載っかっている。
「これはな」と老人は説明した。「世に珍らしい武器なのだよ。だからこれさえ持っていれば、大概の危難は遁《の》がれることが出来る。恐ろしい敵が襲って来ていよいよ命があぶなくなったら、こいつをその敵へ投げ付けるがいい。まず最初に一つ投げる。それからもう一つ投げ付ける。そうしたらお前は助かるだろう。ではさようなら、健康《たっしゃ》で行くがいい」
 乞食はそのまま行ってしまった。
 ジョン少年は乞食の後をしばらくじっと[#「じっと」に傍点]見送っていたが、奇妙な黒い二つの玉を上衣《うわぎ》のポケットへ蔵《しま》い込むと、足に任せて歩き出した。すると遙かの行く手に当たって一軒の家が現われた。もうこの時は夕暮れでジョン少年は疲労《つか》れてもいたし酷《ひど》く腹も空いていたので、その家へ行って、宿も乞い食物も貰おうと決心した。
 邸の造作《つくり》も異様であったが、永く手入れをしないと見えて、門は傾むき屋根は崩れ凄まじいまでに荒れていた。――見たこともない家造りである。
「ご免! ご免!」
 と案内を乞うた。誰も答える者がない。ジョン少年は途方に暮れてぼんやり門口に佇《たたず》んだが、
「もし叱られたら謝まるばかりだ。構うものかはいってやれ」
 ――そこは英国の冒険少年、大胆に家の中へ入って行った。すると大きな部屋があり、一人の男が寝ていたが、ジョン少年の姿を見るとムクムクと体を起き上がらせた。そうしてジョンを睨み付けた。
「貴様は誰だ!」と大きな声で、突然その人は怒鳴ったものである。不思議なことにはその人は、土人の言葉は使うけれど、人種は土人ではなさそうである。
「怪しい者ではありません」ジョン少年は急いで云った。
「道に迷った子供です」
「いやいや貴様は泥棒だろう! また聖典を盗みに来たな!」不思議な男はまた怒鳴った。「貴様は蛇使いの一味だろう※[#感嘆符疑問符、1-8-78]」
「そんな者ではありません。僕は英国の少年です。ジョン・ホーキンと云う子供です」
「嘘を云え悪者め! が、子供などは相手にしない。サッサとここを立ち去るがいい。そうして蛇使いの婆さんに云え、早く聖典を返せとな!」
「僕、蛇使いの婆さんなどに一度も逢ったことはありません」
「ああ睡い、俺は寝る」云ったかと思うと、その男は肘を曲げてゴロリと寝た。とすぐ鼾《いびき》が聞こえ出した。



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