国枝史郎「加利福尼亜の宝島」(26) (かりふぉるにあ)


国枝史郎「加利福尼亜の宝島(カリフォルニアのたからじま)」(26)


        二十六

 一方ジョージ・ホーキン氏は、地下人どもを相手とし、人骨製の槍をもって、悪戦苦闘を続けていた。五人の土人を突き伏せた時、自分も数痕《すうこん》を蒙《こうむ》ったが、そんな事にはビクともしない。さらに敵中へ飛び込んで行った。その時、耳朶《じだ》を貫いたのが大爆発の音響である。
 これにはホーキン氏も驚いたが、一層驚いたのは土人達で、ワッという悲鳴を上げると共に十間余りも逃げ延びた。
 で、ホーキン氏は振り返って見た。濛々たる煙り、累々たる死屍、その中から走り出た二人の少年のその一人が、自分の子のジョンだと知った時、その喜びと驚きとはほとんど形容の外《ほか》にあった。
「ジョンよ! ジョンよ! ジョンではないか!」
 思わず大声で呼んだものである。
 呼ばれたジョンはホーキン氏を見たが、
「あッ、お父|様《さん》だ! お父|様《さん》だ!」
 歓喜の声を高く上げると、鞠《まり》のように飛んで来た。それをホーキン氏は両手を拡げひしとばかりに抱き締めた。
 親子久しぶりでの邂逅《めぐりあい》である。死んだと思ったのが生きていたのである。……しばらく、二人は抱き合ったまま、一言も云わずに立っていた。涙が頬をつたわっている。
 と、不意にジョン少年は地下人の群れを睨んだが、
「ああ、あいつらは土人ですね。憎い僕らの敵ですね。それでは僕退治てやろう」
 云うより早く、ポケットから、れいの不思議な乞食から貰った黒い玉を取り出すと、土人目がけて投げ付けた。
 ふたたび轟然たる爆発の音が、坑道一杯に鳴り渡ったが、続いて起こった大音響は全く予期しないものであった。
 その辺の岩組が弱かったためか、左右の岩壁と天井とが、同時に崩れて来たのである。
 地下人どもは一人残らず岩石の下へ埋められたが、今まで通じていた地下への道も同じくその地点で埋没された。
 こうして腹背敵を受けたその危険からは遁《の》がれたが、神秘を極めた地下国へは再び行くことが出来なくなった。
 しかし地上へは出ることが出来る。
 でホーキン氏を先頭に、ジョン少年、大和日出夫、小豆島紋太夫が殿《しんがり》となり、坑道を先へ辿ることにした。
 一里余りも行った時、道が二つに分れていた。左へ行けば社殿へ出られ、右へ行けば空井戸へ出られる。
「さてどっちへ行ったものかな?」――ここで一同は躊躇した。
 その時、左手の坑道から大勢の足音が聞こえて来た。そうして人声も聞こえて来た。
「また土人軍がやって来たらしい」一同は少なからず当惑した。
 大勢の足音はそういう間も次第次第に近寄って来る。はっきり[#「はっきり」に傍点]人声も聞こえて来る。
「や、あれは日本の言葉だ」紋太夫は思わず云った。
「英国の言葉も雑っている」続いてホーキン氏もこう云った。
 松火《たいまつ》の火を真っ先にやがて人影が現われたが、それは土人の軍勢ではなく、土人祭司バタチカンを案内役に先に立てたすなわち日英の同盟軍――来島十平太とゴルドン大佐と、彼ら二人の部下とであった。
「これはこれは小豆島殿!」「ああお前は十平太か!」
「これはこれはホーキン隊長!」「おお君はゴルドン大佐か!」
 忽ち双方から歓喜に充ちたこういう会話が交わされた。
 そこで一同熟議の結果、大和日出夫の父の邸へひとまず落ち着こうということになった。で、道を右に取り、元気よく一同は先へ進んだ。
 一里余りも進んだ時、狭い坑道は行き詰まった。空井戸の底へ来たのである。そこで一同は順々に空井戸を上へ登って行った。それから日出夫を先に立て、荒野をズンズン歩いて行った。
 間もなく日出夫の邸へ着いた。
 思わぬ大勢の来客に日出夫の父は仰天したがまた甚《ひど》く喜びもした。
 誰も彼も空腹であった。日出夫の父は家内を探しあるだけの食物《たべもの》を提供した。
 それから一同一室に集まり今後の方針を議することとした。
 真っ先に立ち上がって発言したのは大和日出夫の父であった。
「拙者は日本の本草家|大和《やまと》節斎《せっさい》と申す者でござる」
 これを聞くと紋太夫は驚いたような顔をしたが、
「ナニ大和節斎殿とな? これはこれはさようでござったか。和漢洋の学に通じ、本草学の研究においては一流の学者と申すこと、噂に承《うけたま》わっておりました。しかし今より十数年前、支那|上海《シャンハイ》の方面にて行方不明になられたと、もっぱらの評判でござりましたが、意外も意外このような土地に、ご壮健にておいでとは、不思議な事でござりますな」
「いやそれには訳がござる」節斎は微妙に笑ったが、「まずともかくもお聞きくだされ。これは不思議な話でござる。そうしてこれは皆様にとって最も有益な話でござる。実はな拙者|上海《シャンハイ》において珍らしい書物を手に入れたのでござる」



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