国枝史郎「仇討姉妹笠」(05) (かたきうちきょうだいがさ)

国枝史郎「仇討姉妹笠」(05)

   猿廻し

 歩きながら考えた。
 何故この頃お館には、金子などには眼をくれず、器物ばかりを狙って盗む、ああいう盗難があるのだろう? それも一度ならずも二度三度、頻々としてあるのだろう?
(ある何物かを手に入れようとして、それに関係のありそうな器物を、狙いうちにして盗んでいるようだ。……そのある物とは何だろう?)
 これまで盗まれた器物について、彼は記憶を辿ってみた。
 蒔絵の文庫、青銅の香爐、明兆《みんちょう》の仏書、利休の茶柄杓、世阿弥筆の謠の本……等々高価の物ばかりであった。
(盗難も盗難だがこのために、お館の中が不安になり、お互い同士疑い合うようになり、憂鬱の気の漂うことが、どうにもこうにもやりきれない)
 こう主税は思うのであった。
(お互い同士疑い合うのも、理の当然ということが出来る。お館の中に内通者があって、外の盗賊と連絡取ればこそ、ああいう盗みが出来るのだからなア。……そこで内通者は誰だろうかと、お互い同士疑い合うのさ)
 主税はこんなことを考えながら、御用地の辺りまで歩いて来た。
 御用地なので空地ではあるが、木も雑草も繁っており、石材なども置いてあり、祠なども立っており、水溜や池などもある。そういう林であり藪地なのであった。
 と、その林の奥の方から、キ――ッという猿の啼声が、物悲しそうに聞こえてきた。
(おや)と主税は足を止めた。
(いかに藪地であろうとも、猿など住んでいるはずはない。……では話の猿廻しが?)
 そこで主税は堰を飛び越え、御用地の奥の方へ分け入った。草の露が足をぬらし、木の枝が顔を払ったりした。
 また猿の啼声が聞こえてきた。
 で、主税は突き進んだ。
 すると、果たして一人の猿廻しが、猿を膝の上へ抱き上げて、祠の裾の辺りへうずくまり、編笠をかむった顔を俯向けて、木洩れの月光に肩の辺りを明るめ、寂しそうにしているのが見えた。
「猿廻し!」と声をかけ、突然主税はその前へ立った。
「用がある、拙者と一緒に参れ!」
「あッ」と猿廻しは飛び上ったが、木の間をくぐって逃げようとした。
「待て!」
 主税は足を飛ばせ、素早くその前へ走って行き、左右に両手を開いて叫んだ。
「逃げようとて逃がしはせぬ、無理に逃げればぶった斬るぞ!」
「…………」
 しかし無言で猿廻しは、両手で猿を頭上に捧げたが、バッとばかりに投げつけた。
 キ――ッと猿は宙で啼き、主税の顔へ飛びついて来た。
「馬鹿者!」
 怒号して拳を固め、猿を地上へ叩き落とし、主税は猛然と躍りかかった。
 だが、何と猿廻しの素早いことか、こんもり盛り上っている山査子《さんざし》の叢《むら》の、丘のように高い裾を巡って、もう彼方《むこう》へ走っていた。
 すぐに姿が見えなくなった。
(きゃつこそ猿だ! なんという敏捷《すばしっこ》さ!)
 主税は一面感心もし、また一面怒りを感じ、憮然として佇んだが、気がついて地上へ眼をやった。
 叩き落とした猿のことが、ちょっと気がかりになったからである。
 木洩れの月光が銀箔のような斑《ふ》を、枯草ばかりで青草のない、まだ春なかばの地面のあちこちに、露を光らせて敷いていて、ぼっ[#「ぼっ」に傍点]と地面は明るかったが、猿の姿は見えなかった。
(たしかこの辺りへ叩き落としたはずだが)
 主税は地面へ顔を持って行った。
「あ」
 声に出して思わず言った。
 小独楽が一個《ひとつ》落ちているではないか。
 主税は袖を探ってみた。
 袖の中にも小独楽はあった。
(では別の独楽なのだな)
 地上の独楽を拾い上げ、主税は眼に近く持って来た。その独楽は大きさから形から、袖の中の独楽と同じであった。
「では」と呟いて左の掌の上で、主税は独楽を捻って廻し、月光の中へ掌を差し出し、廻る独楽の面をじっと見詰めた。
 しかし、独楽の面には、なんらの文字も現われなかった。
(この独楽には細工はないとみえる)
 いささか失望を感じながら、廻り止んだ独楽をつまみ上げ、なお仔細《こまか》く調べてみた。
 すると、独楽の面の手触りが何となく違うように思われた。
(はてな?)と主税は指に力を罩《こ》め、その面を強く左の方へ擦った。



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