国枝史郎「仇討姉妹笠」(08) (かたきうちきょうだいがさ)

国枝史郎「仇討姉妹笠」(08)

   腰元の死

「頼母」
 ややあって中納言家は口を開いた。
「これはいかにもお前の言う通り、館の中に内通者があるらしい。そうでなくてあのような品物ばかりが、次々に奪われるはずはない。……ところで頼母、盗まれた品だが、あれらの品を其方《そち》はどう思うな?」
「お大切の品物と存じまする」
「大切の由緒存じおるか?」
「…………」
「盗まれた品のことごとくは、柳営より下されたものなのじゃ」
「…………」
「我家のご先祖宗武《むねたけ》卿が、お父上にしてその時の将軍家《うえさま》、すなわち八代の吉宗《よしむね》将軍家から、家宝にせよと賜わった利休の茶杓子をはじめとし、従来盗まれた品々といえば、その後代々の我家の主人が、代々の将軍家から賜わったものばかりじゃ」
「…………」
「それでわしはいたく心配しておるのじゃ。将軍家より賜わった品であるが故に、いつなんどき柳営からお沙汰があって、上覧の旨仰せらるるやもしれぬ。その時ないとは言われない。盗まれたなどと申したら……」
「お家の瑕瑾《きず》にござります」
「それも一品ででもあろうことか、幾品となく盗まれたなどとあっては……」
「家事不取り締りとして重いお咎め……」
「拝領の品であるが故に、他に遣わしたとは言われない」
「御意の通りにござります」
「頼母!」と沈痛の中納言家は言われた。
「この盗難の背後には、我家を呪い我家を滅ぼそうとする、[#「滅ぼそうとする、」は底本では「滅ぼそうとする。」]恐ろしい陰謀《たくらみ》があるらしいぞ!」
「お館様!」と頼母も顔色を変え、五十を過ごした白い鬢の辺りを、神経質的に震わせた。
 中納言家はこの時四十歳であったが、宗武卿以来聡明の血が伝わり、代々英主を出したが、当中納言家もその選に漏れず、聡明にして闊達であり、それが風貌にも現われていて鳳眼隆鼻高雅であった。
 でも今は高雅のその顔に、苦悶の色があらわれていた。
「とにかく、内通者を至急見現わさねばならぬ」
「御意で。しかしいかがいたしまして?」
「これは奥に取り計らわせよう」
「奥方様にでござりまするか」
「うむ」と中納言家が言われた時、庭の築山の背後から女の悲鳴らしい声が聞こえ、つづいてけたたましい叫び声が聞こえ、すぐに庭番らしい小侍が、こなたへ走って来る姿が見えた。
「ご免」と頼母は一揖してから、ツカツカと縁側へ出て行ったが、
「これ源兵衛何事じゃ※[#感嘆符疑問符、1-8-78]」と庭番の小侍へ声をかけた。
 小侍は走り寄るなり、地面へ坐り手をつかえたが、
「お腰元楓殿が築山の背後にて、頓死いたしましてござります」
「ナニ※[#感嘆符疑問符、1-8-78]」
 頼母は胸を反らせ、
「楓殿が頓死※[#感嘆符疑問符、1-8-78] 頓死とは?」
「奥方様のお吩咐《いいつけ》とかで、三人の腰元衆お庭へ出てまいられ、桜の花お手折り遊ばされ、お引き上げなさろうとされました際、その中の楓殿不意に苦悶され、そのまま卒倒なされましたが、もうその時には呼吸《いき》がなく……」
「お館様!」と頼母は振り返った。
「履物を出せ、行ってみよう」
 中納言家には立って来られた。
「それでは余りお軽々しく……」
「よい、行ってみよう、履物を出せ」
 庭番の揃えた履物を穿き、中納言家には庭へ出られた。
 もちろん頼母は後からつづいた。
 庭番の源兵衛に案内され、築山の背後へ行った時には、苦しさに身悶えしたからであろう、髪を乱し、胸をはだけた、美しい十九の腰元楓が、横倒しに倒れて死んでいる側《そば》に、二人の腰元が当惑し恐怖し泣きぬれて立っていた。



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