国枝史郎「加利福尼亜の宝島」(06) (かりふぉるにあ)


国枝史郎「加利福尼亜の宝島(カリフォルニアのたからじま)」(6)


        六

 オンコッコは憤慨したが、相手が名におう伝説にある東邦人というところから、どうすることも出来なかった。
 こうして、またも数日経った。その時、船から使者が来た。その使者こそは、他ならぬ来島十平太その人であって、案内人はゴーであった。
 酋長オンコッコは熟慮した後、その十平太と逢うことにした。通弁の役はゴーである。
「我らは東邦の君子国、日本という国の軍人でござる」まず十平太はこう云った。
「それには何か証拠がござるかな?」オンコッコも負けてはいない。
「証拠と申して何もないが、東邦人には相違ござらぬ」十平太は昂然《こうぜん》と云う。
「それはそれとして何用あって我らの国へは参られたな?」オンコッコは突っ込んだ。
「交際《まじわり》を修め貿易をなし利益交換を致したいために」
「東邦人に相違なくば、祖先より伝わる数連の謎語と、固くむすぼれた不思議な紐とを、何より先にお解きくだされい。修交貿易はその後のことでござる」
「ははあさようか、よろしゅうござる。一旦船中へ取って返し、御大将《おんたいしょう》に申し上げ、改めて再度参ることに致す」
 こう云い残して十平太は湾の方へ帰って行った。ゴーも一緒に従《つ》いて行く。どうやらゴーは土人などより東邦人の方が好きになったらしい。
 翌日数十人の東邦人が土人部落へやって来た。小豆島紋太夫と十平太とが部下を従えて来たのである。と、酋長のオンコッコはこれも部落中の土人を従え例の広場へ出張って来た。
「拙者は小豆島紋太夫。東邦人の頭領でござる」
「拙者はオンコッコと申すもの。チブロン島国の酋長でござる」
 こう両軍の大将は物々しげに宣《なの》り合った。
「何か謎語《めいご》がござる由《よし》、拙者必ず解くでござろう」自信あり気に紋太夫は云う。
「しからばこなたへおいでくだされい」
 こう云ってオンコッコは歩き出した。十平太初め部下の者が紋太夫の後から続こうとするのを、オンコッコは手で止めた。そうしてたった[#「たった」に傍点]二人だけで林の中へ分け入った。ただし通弁のゴーだけは従いて行かなければならなかった。
 三人はずんずん進んで行く。
 林の中は薄暗くそしてほとんど道がなかった。しかし豪勇の紋太夫はびく[#「びく」に傍点]ともせず進んで行く。
 行く手に巨岩が立っていた。数行の文字が刻《ほ》り付けられてある。
「これでござる」
 と云いながらオンコッコは足を止め、指で石文字を差し示した。
[#ここから2字下げ]
この地上に一物あり
四脚にして二脚にて、三脚なり
しかして声は一あるのみ
四脚を用いて歩む時、彼の歩行最も遅し。
[#ここで字下げ終わり]
 こういう意味のことが刻《ほ》り付けてあった。
「その一物とは何物じゃな? もしこの謎語を解くことが出来れば、大岩自然に左右に開く、とこう伝説に云われております。その一物とは何物じゃな?」
 酋長オンコッコは得意そうに云った。
「何んだ詰まらないこんな事か。よろしいすぐに解いて進ぜる」紋太夫はカラカラと笑ったものだ。
「聞け、よいかさあ解くぞ。そもそも人間というものは、赤児《あかご》の時分には四つ脚がある。手が脚の用をするからじゃ。壮年時代に至っては云うまでもなく脚は二本だ。老人となって杖を突く、すなわち脚は三本となる。四つの脚を働かせて這い廻っている赤児時代に、人間は一番歩行が遅い、人間には声は一つしかない。謎の一物とは人間のことじゃ!」
 こう叫んだそのとたんに、岩に刻られた文字が消えた。
 そうして岩が二つに割れ、左右へ開いて道を作った。道のあなたに社殿がある、古びた小さい社殿である。
「一つの謎はこれで解けた。さあこんどは二番目だ」
 酋長オンコッコは胆を潰したが、こう云って社殿の方へ走り出した。
 社殿の棟から太い紐が長々と地の上に垂れていた、それは細い細い女の髪の毛を、千八重《ちやえ》に結んで出来た紐で、たといどのように根気よく幾年かかって解こうとしても人間業では解けそうもない。
「さあこの紐を解くがいい、細い髪の毛をバラバラに、一本一本解くがいい」
 オンコッコは怒鳴り出した。
「うむ、これか」と云いながら、紋太夫は紐を握ったが、「一本一本解けばよいのか? バラバラに解けばよいのだな?」
「一本一本バラバラに解いて、それが神の御旨《みむね》に適《かな》えば社殿の奥から鈴が鳴る筈じゃ」
「よし心得た」と云ったかと思うと、紐を小脇に抱《か》い込んだ。



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