国枝史郎「仇討姉妹笠」(22) (かたきうちきょうだいがさ)

国枝史郎「仇討姉妹笠」(22)

   悪家老の全貌

 お茶の水で飛田林覚兵衛《とんだばやしかくべえ》に襲われ、浪速《なにわ》あやめ[#「あやめ」に傍点]に助けられ、そのあやめが雇ってくれた駕籠で山岸主税《やまぎしちから》は屋敷へかえって来た。
 すると、屋敷の門前で、五人の覆面武士に襲撃された。まだ主税は身心衰弱していたので、他愛もなく捕らえられ、目隠しをされて運ばれた。
 その目隠しを取られたところが、今居るこの部屋であり、自分の前には意外も意外、主家の奥家老である松浦頼母と、自分を襲った浪人の頭、飛田林覚兵衛がいるではないか!
 夢に夢見るという心持、これが主税の心持であった。
「主税」と頼母は威嚇するように云った。
「淀屋の独楽を所持しおること、飛田林覚兵衛より耳にした。その独楽を当方へ渡せ!」
 それから頼母は自分の膝の上の独楽を、掌《てのひら》にのせて見せびらかすようにしたが、
「これが二つ目の淀屋の独楽じゃ。以前は田安殿奥方様が、ご秘蔵あそばされていたものじゃ。が、拙者代わりの品物を作り、本物とすり換えて本物の独楽は、疾《とく》より拙者所持しておる。――と、このように秘密のたくらみ[#「たくらみ」に傍点]まで、自分の口から云う以上、是が非であろうと其方《そち》の所持しておる独楽を、当方へ取るという拙者の決心を、其方といえども感ずるであろうな。隠し立てせずと独楽を渡せ! ……おおそれからもう一つ、其方に明かせて驚かすことがある。其方を襲った飛田林覚兵衛、此処におる覚兵衛じゃが、これは実はわし[#「わし」に傍点]の家来なのじゃ」
「左様で」と初めて飛田林覚兵衛は、星の入っている薄気味悪い眼を、ほの暗い燭台の燈に光らせながら、
「拙者、松浦様の家来なのだ。淀屋の独楽を探そうため、浪速くんだりまで参ったのじゃ。浪速あやめ[#「あやめ」に傍点]が独楽を持っていた。で、取ろうといたしたところ、あの女め強情に渡しおらぬ。そのうち江戸へ来てしまった。そこで拙者も江戸へ帰って、どうかして取ろうと苦心しているうちに、チョロリと貴殿に横取りされてしまった。と知った時松浦様へ、すぐご報告すればよかったのだが、独楽を探そうために長の年月、隠れ扶持をいただいておる拙者としては、自分の力で独楽を手に入れねばと、そこで貴殿を襲ったのじゃが、ご存知の通り失敗してしもうた。そこでとうとう我を折って、今夜松浦様へ小鬢を掻き掻き、つぶさに事情をお話しすると、では主税めを捕らえてしまえとな。……で、こういう有様となったので」
「主税」と今度は松浦頼母が、宥めすかすように猫撫声で云った。
「淀屋の財宝が目つかった際には、幾割かの分はくれてやる。その点は充分安心してよろしい。だから云え、どこにあるか。淀屋の独楽がどこにあるか。……それさえお前が云ってくれたなら、人を遣わして独楽を持って来させる。そうしてそれが事実淀屋の独楽であったら、即座に其方《そち》の縄目を解き、我々の同士の一人として、わしの持っている独楽へ現われて来る隠語を、早速見せても進《しん》ぜるし、二つの独楽をつき合わせ、互いの隠語をつなぎ合わせ、淀屋の財宝の在場所を調べるその謀議にもあずからせよう」
「黙れ!」と主税は怒声を上げた。
「逆臣! いや悪党!」
 乱れた鬢髪、血走った眼、蒼白の顔色、土気色の口、そういう形相を燭台の燈の、薄暗い中で強ばらせ、肋骨《あばら》の見えるまではだかった[#「はだかった」に傍点]胸を、怒りのために小顫いさせ、主税は怒声を上げ続けた。
「お館様の寛大仁慈に、汝《おのれ》つけ込んで年久しく、田安家内外に暴威を揮い、専横の振舞い致すということ、我ばかりでなく家中の誰彼、志ある人々によって、日頃取沙汰されていたが、よもや奥方様ご秘蔵の、淀屋の独楽を奪い取り、贋物をお側《そば》に置いたとは、――そこまでの悪事を致しおるとは、何たる逆賊! 悪臣! ……いかにも拙者浪速あやめ[#「あやめ」に傍点]より、淀屋の独楽を貰い受けた。それも偶然貰い受けたばかりで、それには大して執着はない。長年その独楽を得ようとして、探し求めていたというからには、進んで呉れてやらないものでもない。……が、何の汝《おのれ》ごときに――主君の家を乱脈に導き、奥方様のお大切の什器を、盗んだという汝如きに与えようや、呉れてやろうか! それを何ぞや一味にしてくれるの、財宝の分け前与うるのと! わッはッはッ、何を戯言! 一味になるは愚かのこと、縄引き千切り此処を脱け出し、直々お館にお眼通りいたし、汝の悪行を言上し、汝ら一味を狩りとる所存じゃ! 財宝の分け前与えると※[#感嘆符疑問符、1-8-78] わッはッはッ、片腹痛いわい! 逆に汝の独楽を奪い、隠語の文字ことごとく探り、淀屋の財宝は一切合財、この主税が手に入れて見せる! 解け、頼母、この縄を解け!」
 主税は満身の力を罩《こ》め、かけられている縄を千切ろうとした。土気色の顔にパッと朱が注し、額から膏汗《あぶらあせ》が流れ出した。



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