国枝史郎「仇討姉妹笠」(23) (かたきうちきょうだいがさ)

国枝史郎「仇討姉妹笠」(23)

   生きている勘兵衛

「馬鹿者、騒ぐな、静かに致せ!」
 主税《ちから》のそういう悲惨《みじめ》な努力を、皮肉と嘲りとの眼をもって、憎々しく見ていた頼母《たのも》は云った。
「縄は解けぬ、切れもしないわい! ……お前がこの場で執るべき道は、お前の持っておる独楽をわしに渡し、わしの一味配下となるか、それともあくまで強情を張って、淀屋の独楽をひし[#「ひし」に傍点]隠しに隠し、わしの配下に殺されるか、さあこの二つの道しかない! ……生きるつもりか、死ぬつもりか※[#感嘆符疑問符、1-8-78] どうだ主税、どっちに致す!」
 頼母は改めてまた主税を見詰めた。
 しかし主税は返事さえしないで、憎しみと怒りとの籠った眼で、刺すように頼母を睨むばかりであった。
 そういう主税を取り囲んで、まだ覆面を取らない五人の浪人は、すわといわば主税を切り伏せようと、刀の柄へ手をかけている。飛田林覚兵衛は例の気味の悪い、星の入っている眼を天眼に据えて、これも刀の柄へ手をかけながら、松浦頼母の横手から、主税の挙動を窺っていた。
 部屋の気勢《けはい》は殺気を帯び、血腥い事件の起こる前の、息詰るような静寂《しずけさ》にあった。
「そうか」と頼母はやがて云った。
「物を云わぬな、黙っているな、ようし、そうか、では憂目を!」
 覚兵衛の方へ顔を向け、
「こやつにあれ[#「あれ」に傍点]を見せてやれ!」
 覚兵衛は無言で立ち上り、隣室への襖《ふすま》をあけた。
 何がそこに有ったろう?
 猿轡をはめられ腕を縛られ、髪をふり乱した腰元のお八重が、桔梗の花の折れたような姿に、畳の上に横倒しになってい、それの横手に蟇《ひき》かのような姿に、勘兵衛が胡座《あぐら》を掻いているのであった。
「お八重!」と思わず声を筒抜かせ、主税は猛然と飛び立とうとした。
「動くな!」と瞬間、覆面武士の一人が、主税の肩を抑えつけた。
「お八重、どうして、どうしてここへは※[#感嘆符疑問符、1-8-78] おおそうしてその有様は※[#感嘆符疑問符、1-8-78]」
 お八重は顔をわずかに上げた。起きられないほど弱っているらしい。こっちの部屋から襖の間《あい》を通して、射し込んで行く幽かな燈の光に、蛾のように白いお八重の顔が、鬢を顫わせているのが見えた。猿轡をはめられている口であった。物云うことは出来なかった。
「お八重さんばっかりに眼をとられて、あっしを見ねえとは阿漕《あこぎ》ですねえ」
 胡座から立て膝に直ったかと思うと、こう勘兵衛が冷嘲《ひやか》すように云った。
「見忘れたんでもござんすまいに」
「わりゃア勘兵衛!」と主税は叫んだ。
「死んだはずの勘兵衛が!」
「いかにも殺されたはずの勘兵衛で、へへへ!」と白い歯を見せ、
「あの時あっしア確かにみっしり[#「みっしり」に傍点]、締め殺されたようでござんすねえ。……殺そうとした奴ア解《わか》っていまさア。‥…あやめ[#「あやめ」に傍点]の阿魔《あま》に相違ねえんで。……あの阿魔以前からあっしの命を、取ろう取ろうとしていたんですからねえ。……取られる理由《わけ》もあるんですから、まあまあそいつア仕方ねえとしても、どうやらあっしというこの人間、あんなちょろっか[#「ちょろっか」に傍点]の締め方じゃア、殺されそうもねえ罪業者と見え、次の瞬間にゃア生き返って、もうこの通りピンピンしていまさあ。……そこでこの屋敷へ飛んで来て、淀屋の独楽を取らねえ先に、あやめ[#「あやめ」に傍点]の阿魔に逃げられたってこと、松浦様にご報告すると……」
「それでは汝《おのれ》も松浦頼母の……」
 重ね重ねの意外の事件に、主税は心を顛倒させながら、嗄《しゃが》れた声で思わず叫んだ。



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