国枝史郎「加利福尼亜の宝島」(08) (かりふぉるにあ)


国枝史郎「加利福尼亜の宝島(カリフォルニアのたからじま)」(8)


        八

 紋太夫はズンズン進んで行く。
 とまた辻へ現われた、道が四つに別れている。で、同じように左を取って彼は躊躇《ちゅうちょ》せず進んで行った。行くにしたがって次々にほとんど無際限に辻が現われた。そうして全く不思議なことには、二、四、八、十六というように、枝道の数が殖《ふ》えるのであった。こうしてとうとう十回目の辻の前へ立った時、彼はすっかり当惑した。一千〇二十四本の枝道が別れているではないか!
「むう、さては迷宮だな」初めて彼は気が付いた。
「うかうか先へは進まれない。今のうちに引っ返すことにしよう」さすがの彼も心細くなり、元来た道へ引き返そうとした。しかしその時彼は一層当惑せざるを得なかった。どれも、これも同じような道である。今来た道がどれであるか全く見分けが付かないのであった。
「…………」彼は無言で立ち止まった。初めて恐怖が心に湧いた。
「この無数の枝道のうち戸外《そと》へ出られる道と云えば、今自分が通って来たその道以外にはありそうもない。その他の道は迷路に相違ない。むう、こいつは困ったぞ。戸外《そと》へ出られる肝心の道を俺はすっかり見失ってしまった。それをいちいち調べていた日には十日も二十日も掛かるだろう。食物がない。水がない。みすみす俺は餓え死ななければならない。土人酋長オンコッコめさては俺を計ったな!」
 紋太夫は歯噛みをしたけれどどうすることも出来なかった。
 そのうちに松火《たいまつ》の火も消えた。四辺《あたり》は真の如法暗夜《にょほうあんや》。そうして何んの音もない。
 紋太夫は生きながら地の中へ全く葬られてしまったのである。
 こうして幾時間か経たらしい。
 その時一つの枝道の、奥の方から一点の赤い火の光が見えて来た。
「おお」と思わず歓喜の声が紋太夫の口から飛び出したのはまことにもっとものことである。いわば地獄での仏《ほとけ》である。彼は勇気を振り起こし、火の光の方へ走って行った。近付くままによく見れば、そこは小広い部屋であって、一人の女が火を焚いている。打ち見たところ土人の娘であるが、どことなく様子が違っている。
 紋太夫は側《そば》へ寄って行った。そうして手真似《てまね》で話し出した。
「あなたはいったい何者です? ここで何をしておられるのです!」
 すると娘も覚束《おぼつか》ない手真似で、
「妾《わたし》は巫女《みこ》でございます。ここが妾の住み家なのです」こうようやく答えたのである。
「拙者は東邦の人間でござるが、計らず洞中へ迷い入り、帰りの道を失ってござる。あなたのご好意をもちまして洞窟外へ出るを得ましたら有難き仕合せに存じます」
「それはとうてい出来ますまい」
 これが巫女の返辞であった。
「それはまた何故でござりますな?」
「何故と申してこの妾《わたし》も、やはり出口を存じませぬゆえ」
「おおあなたもご存じない?」
「はい妾も存じませぬ。物心ついたその頃から妾はずっ[#「ずっ」に傍点]とこの洞内に起き伏ししておるのでございます」
「食物もなく水もなくどうして活《い》きておいでなさるな?」
「いえいえ水も食物も、運んでくださる方がござります」
「それは何者でござるかな?」
「妾は一向存じませぬ」
「ご存知ないとな、これは不思議」
「きっと妾のお仕えしている尊い尊い壺神様《つぼがみさま》がお運びくださるのでござりましょう」
 紋太夫は早くも聞き咎《とが》めた。
「何、壺とな? 壺神様とな?」

 英国の探険家ジョージ・ホーキン氏は、愛児のジョンを失ったことを、驚きも悲しみもしたけれど、そこは冷静な英人|気質《かたぎ》、あわても血迷いもしなかった。
 彼は部下を呼び集め、今後の方針について物語った。
「我々の露営もかなり久しい。土人の様子もたいがい解った。平和手段では駄目らしい。で船を出し海峡を越え砲火を交じえて征服しよう。しかし、聞けば不思議な軍艦が、ビサンチン湾に碇泊し、やはり我々と同じようにチブロン島を狙っているそうだ。まず使者を遣《つか》わして彼らと一応商議しようと思う」
「賛成」
 と部下達は一斉に叫んだ。
 そこで二十人の部下達は、後備《こうび》少佐ゴルドンという勇敢な軍人に引率され湾を指して出発した。
 往復三日はかかるであろう。……こういう予定で出発したのが五日になっても帰って来ない。で、不安には思ったけれど、待っていることも無意味だというので、いよいよホーキン氏は全軍を率いチブロン島へ襲撃し土人と一戦することにした。



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