国枝史郎「仇討姉妹笠」(40) (かたきうちきょうだいがさ)

国枝史郎「仇討姉妹笠」(40)

   恋と敵のあいだ

「おお、まアそれではあのお部屋は、十年間閉扉《あけず》の間か! ……さすが悪漢毒婦にも、罪業《つみ》を恐れる善根が、心の片隅に残っていたそうな。……ではあのお部屋にはあのお方の、いまだに浮かばれない修羅の妄執が、黴と湿気と闇とに包まれ、残っておることでございましょうよ。なにより幸い、なにより幸い、さあそのお部屋へお入りなされて、懺悔なさりませ、懺悔なさりませ! そうしてそれから妾《わたし》と共々、復讐の手段を講じましょう。……」
「復讐? お葉や、復讐とは?」
「わたしにとりましては実のお父様、お母様にとりましては最初の良人《おっと》の、先代の荏原屋敷の主人を殺した、当代の主人の主馬之進《しゅめのしん》を!」
「ヒエーッ、それでは主馬之進を!」
「お父様を殺した主馬之進を殺し、お父様の怨みを晴らすのさ。……さあお母様参りましょう!」
 お葉は、松女《まつじょ》の腕を握り、亭から外へ引き出した。
 この頃亭から少し離れた、閉扉の館の側《そば》の木立の陰に、主税《ちから》とあやめ[#「あやめ」に傍点]とが身体《からだ》をよせながら、地に腹這い呼吸《いき》を呑んでいた。
 主税が片手に握っているものは、血のしたたる抜身であった。
 それにしてもどうして主税やあやめ[#「あやめ」に傍点]や、お葉までが荏原屋敷へ、この夜忍び込んで来たのであろう?
 自分たちの持っていた淀屋の独楽は何者かに奪われてしまったけれど、藤八猿から得た独楽によって、幾行かの隠語《かくしことば》を知ることが出来た。
 そこで主税はその隠語を、以前《まえ》から知っている隠語と合わせて、何かの意味を探ろうとした。隠語はこのように綴られた。……「淀屋の財宝は代々荏原屋敷にありて飛加藤の亜流[#「亜流」は底本では「悪流」]守護す。見る日は南」と。「見る日は南」という意味は解《わか》らなかったが、その他の意味はよく解った。飛加藤の亜流[#「亜流」は底本では「悪流」]という老人のことも、お葉のくわしい説明によって解った。そうしてどっちみち[#「どっちみち」に傍点]淀屋の財宝が、荏原屋敷のどこかにあるということが、ハッキリ主税に感じられた。そこで主税は荏原屋敷へ忍び込んで、財宝の在場所を探りたいと思った。
 あやめ[#「あやめ」に傍点]はあやめ[#「あやめ」に傍点]で又思った。
(姉妹《きょうだい》二人が揃ったのだから、すぐにも荏原屋敷へ乗り込んで行って、主馬之進を殺して復讐したい。お父様の怨みを晴らしたい)
 双方の祈願《ねがい》が一緒になって、あやめ[#「あやめ」に傍点]とお葉と主税とは、この夜荏原屋敷へ忍び込んだのであった。
 さて三人忍び込んでみれば、天の助けというのでもあろうか、頼母がい、勘兵衛がいた。
(よし、それでは次々に、機をみて討って取ってやろう)
 木陰に隠れて機会《おり》を待った。
 と、構え内を警護していた、頼母の家来の覆面武士の一人に、見現わされて誰何された。主税はその覆面武士を、一刀の下に斬り仆した。と、大勢がこの方面へ走って来た。主税はあやめ[#「あやめ」に傍点]を引っ抱えて、木立の陰へ隠れたのであるが、どうしたのかお葉は一人離れて、亭の方へ忍んで行った。声をかけて止めようと思ったが、声をあげたら敵の者共に、隠れ場所を知られる不安があった。そこで二人は無言のまま見過ごし、ここに忍んでいるのであった。……
 二人の眼前にみえているものは、主税に斬り仆された覆面武士を囲んで、同僚の三人の覆面武士と、頼母と主馬之進と飛田林覚兵衛と、絞殺したはずの勘兵衛とが、佇んでいる姿であった。
 飛び出していって斬ってかかることは、二人にとっては何でもなかったが、敵は大勢であり味方は二人、返り討ちに遇う心配があった。機《おり》を見て別々に一人々々、討って取らなければならなかった。
 二人は呼吸《いき》を呑み潜んでいた。



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