国枝史郎「仇討姉妹笠」(41) (かたきうちきょうだいがさ)

国枝史郎「仇討姉妹笠」(41)

   閉扉の館

「曲者を探せ!」という烈しい怒声が、頼母の口からほとばしったのは、それから間もなくのことであった。
 俄然武士たちは四方へ散った。そして二人の覆面武士が主税たちの方へ小走って来た。
「居たーッ」と一人の覆面武士が叫んだ。
 だがもうその次の瞬間には、躍り上った主税によって、斬り仆されてノタウッていた。
「汝《おのれ》!」ともう一人の覆面武士が、主税を目掛けて斬り込んで来た。
 そこを横からあやめ[#「あやめ」に傍点]が突いた。
 その武士の仆れるのを後に見捨て、
「主税様、こっちへ」と主税の手を引き、あやめ[#「あやめ」に傍点]は木立をくぐって走った。……
 案内を知っている自分の屋敷の、木立や茂や築山などの多い――障害物の多い構内であった。
 あやめ[#「あやめ」に傍点]は逃げるに苦心しなかった。木立をくぐり藪を巡り、建物の陰の方へあやめ[#「あやめ」に傍点]は走った。
 とうとう建物の裏側へ出た。二階づくりの古い建物は、杉の木立を周囲に持ち、月の光にも照らされず、黒い一塊のかたまり[#「かたまり」に傍点]のように、静まり返って立っていた。
 それは閉扉《あけず》の館であった。
 と、建物の一方の角から、数人の武士が現われた。
 飛田林覚兵衛と頼母と家来の、五人ばかりの一団で、こちらへ走って来るらしかった。
 すると、つづいて背後《うしろ》の方から、大勢の喚く声が聞こえてきた。
 主税とあやめ[#「あやめ」に傍点]とは振り返って見た。
 十数人の姿が見えた。
 主馬之進と勘兵衛と、覆面の武士と屋敷の使僕《こもの》たちが、こっちへ走って来る姿であった。二人は腹背に敵を受け、進退まったく谷《きわ》まった。
 一方には十年間開いたことのない、閉扉の館が城壁のように、高く険しく立っている。そしてその反対側は古沼であった。
 泥の深さ底が知れず、しかも蛇《くちなわ》や蛭の類が、取りつくすことの出来ないほどに、住んでいると云われている、荏原屋敷七不思議の、その一つに数えられている、その恐ろしい古沼であった。
 逃げようにも逃げられない。
 敵を迎えて戦ったなら、大勢に無勢殺されるであろう。
(どうしよう)
(ここで死ぬのか)
(おお、みすみす返り討ちに遇うのか)
 その時何たる不思議であろう!
 閉扉の館の裏の門の扉が、内側から自ずとひらいたではないか!
 二人は夢中に駆け込んだ。
 すると、扉が内側から、又自ずと閉ざされたではないか。
 屋内は真の闇であった。



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