国枝史郎「名人地獄」(066) (めいじんじごく)

国枝史郎「名人地獄」(66)

    北辰一刀流手裏剣用の武器

「へえ」といったが甚内は、なお何か考えていた。「で、どこを目掛けましょう?」「人間の急所はまず眉間《みけん》だ。眉間を目掛けて投げてこい」「それじゃ思いきって投げますべえ」
 二人は左右へス――ッと離れた。あわい[#「あわい」に傍点]はおおかた十間もあろうか、一本の鉄扇を右手に握り、周作は笑って突っ立った。
「はじめの一つはお毒見だ」
 こういいながら甚内は、手頃の小石を一つ握った。
「それじゃいよいよやりますだよ」叫ぶと同時にピュ――ッと投げた。恐ろしいような速さであった。と周作の鉄扇が、チラリと左へ傾いたらしい。カチッという音がした。つづいてドンという音がした。石が鉄扇へさわった音と、板の間へ落ちた音であった。
「やり損なったかな、こいつアいけねえ。が、二度目から本式だ」
 甚内は二つ目の石を取った。とまたピュ――ッと投げつけた。今度は鉄扇が右に動き、カチッという音がして、石は右手へ転がり落ちた。
「ほう、こいつも失敗か」甚内は呆れたというように、口をあけて突っ立ったが、「よし」というと残りの石を、一度に掬《すく》って懐中へ入れた。
「ようござんすか、先生様、今度は続けて投げますぞ」
「うん、よろしい、好きなようにせい」
 その瞬間に甚内の左手《ゆんで》が、懐中の中へスルリとはいり、石を握った手首ばかりを、襟からヌッと外へ出した。と、その石を右手《めて》が受け取り、取った時には投げていた。そうして投げた次の瞬間には、左手《ゆんで》に握っていた送り石を、すでに右手《めて》が受け取っていた。するともうそれも投げられていた。最初の石の届かないうちに、二番目の石が宙を飛び二番目の石が飛んでいるうちに、三番目四番目の石ツブテが、次から次と投げられた。
 石は一本の棒となって、周作目掛けて飛んで行った。自慢するだけの値打ちのある、実に見事な放れ業《わざ》であった。
 しかし一方それに対する、周作の態度に至っては、子供に向かう大人といおうか、まことに悠然たるものであって、ただ端然と正面を向き、突き出した鉄扇を手の先で、右と左へ動かすばかり、微動をさえもしなかった。
 カチカチと鉄扇へさわる音、トントンと板の間へ落ちる音、それが幾秒か続いたらしい。
「もういけねえ。元が切れた」
 甚内の叫ぶ声がした。
 周作は微笑を浮かべたが、
「どうだ、甚内、少しは解ったか」
「一つぐらい中《あた》りはしませんかね?」
「道場は譲れぬよ、気の毒だがな」
「へえ、さようでございますかね」
「こっちへこい。いうことがある」
 元の座敷へ戻って来た。
「さて甚内」と改まり、「思ったよりも立派な業だ。周作少なからず感心した。稽古して完成させるがいい。しかし小石では利き目が薄い、小石の代りに五寸釘を使え」
 それから周作は説明した。
「というのは剣道の中に、知新流の手裏剣といって、一個独立した業がある。俺も多少は心得ている。それをお前に伝授するによって、お前の得手のツブテ術に加えて、発明研究するがいい。以前から俺はそれについて、一つの考えを持っていた。……武士は平常《へいぜい》護身用として、腰に両刀をたばさんでいる。で剣術さえ心得ていたら、まずもって体を守ることが出来る。しかるに町人百姓や、なおそれ以下の職人などになると、大小は愚か匕首《あいくち》一本、容易なことでは持つことがならぬ。これは随分危険な話だ。そこで俺は彼らのために、何か格好な護身具はないかと、内々研究をした結果、見つけ出したのが五寸釘だ。ただし普通の五寸釘では、目方が軽くて投げにくい。そこで特別にあつらえてみた」
 こういいながら周作は、手文庫から釘を取り出した。
「見るがいいこの釘を。先が細く頭部が太く、そうして全体が肉太だ。ちょっと持っても持ち重りがする。しかし形や寸法は、何ら五寸釘と異《かわ》りがない。で幾十本持っていようと、官に咎められる気遣いはない。これ北辰一刀流手裏剣用の五寸釘だ」






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