国枝史郎「名人地獄」(078) (めいじんじごく)

国枝史郎「名人地獄」(78)

    鼓賊と鼠小僧は同一人

「旦那」と次郎吉は探るように、「いったいどこへいったんですい?」
「え、誰が? 玻璃窓か?」
「あの好かねえじじく玉で」
「どうやら大分気になるらしいな。聞かせてやろうか、え、和泉屋」
「ききてえものだ。聞かせておくんなせえ」
「が、只じゃあるめえな」
「十両あげたじゃありませんか」
「これか、こいつあさっきの分だ。一話十両といこうじゃねえか」
「厭なことだ、ご免蒙《こうむ》りましょう」
「よかろう、それじゃ話さねえまでだ」
「旦那も随分あくどいねえ」とうとう次郎吉は憤然とした。「悪党のわりに垢抜けねえや」
「お互い様さ、不思議はねえ」
 宗俊はノコノコ歩き出した。
「旦那旦那待っておくんなさい」
 未練らしく呼び止めた。
「何か用か、え、和泉屋、止まるにも只じゃ止まらねえよ」
「出しますよ、ハイ十両」
「感心感心、思い切ったな」
「で、どこへ行ったんですい?」
「海へ行ったということだ」
「え、海へ? どこの海へ?」
「そいつはどうもいわれねえ」
「へえ、それじゃそれだけで、私《わっち》から二十両お取んなすったので?」
「悪いかな、え、和泉屋、悪いようなら、ソレ返すよ」
「ナーニ、それにゃ及ばねえ。それにしても阿漕《あこぎ》だなあ。……ようごす、旦那、もう十両だ、詳しく話しておくんなさい」
「莫迦《ばか》をいえ」と宗俊は、苦笑いをして首を振り、「いかに俺があくどいにしろ、そうそうお前から取る気はねえ。……詳しく話してやりたいが、実はこれだけしか知らねえのさ。いかに中野碩翁様が、俺《おい》らの親分であろうとも、秘密は秘密、お堅いものだ。実はこれだけ聞き出すにも、たいてい苦労をしたことじゃねえ。……だが、この俺の考えでは、お前もとうから聞いていよう、ひんぴんと起こる海賊沙汰、それと関係があるらしいな」
「へへえ、なるほど、海賊にね。いや有難うございました。そこでついでにもう一つ、いつ江戸をたったので?」
「今朝のことだよ。あけがたにな」
「いつ頃帰って参りましょう」
「仕事の都合さ、俺には解らねえ」
「それはそうでございましょうな」
 次郎吉はじっと考え込んだ。
「オイ和泉屋」と宗俊は、にわかにマジメな顔をしたが、「気をつけろよ気をつけろよ。あいつのことだ、じき帰って来よう。そうしたらやっぱりこれまで通り、お前をつけて廻そうぜ。あの細川の下屋敷以来、お前は睨まれているんだからな」
「ほんとに迷惑というものだ」次郎吉は変に薄笑いをしたが、「人もあろうに私《わっち》のことを、鼠小僧だっていうんですからね」
「そいつあどうともいわれねえ」宗俊も変に薄笑いをし、「鼠小僧だっていいじゃねえか。俺ア鼠小僧が大好きだ。腐るほど持っている金持ちの金を、ふんだくるなあ悪かあねえよ」
「ほんとに迷惑というものだ」パチリと頬を叩いたが、「この片頬の切り傷だって、あの爺《じじい》に付けられたんでさあ」
「あれはたしか五年前だったな」
「ほんとに迷惑というものだ」
「ところがことしの秋口から、鼠小僧は影をかくし、代りに出たのが評判の鼓賊、オイ和泉屋、玻璃窓はな、その鼓賊と鼠小僧を、同じ人間だといってるぜ」
「ふふん、どうだって構うものか。私《わっち》の知ったことじゃねえ」
「おおそうか、それもいいだろう。が宗俊は苦労人だ。よしんばお前がなんであろうと、洗い立てるような野暮はしねえ。だからそいつあ安心しねえ。……長い立ち話をしたものさ。どれ、そろそろ行こうかい。和泉屋、それじゃまた逢おう」
 宗俊はノシノシ行ってしまった。
 後を見送った和泉屋次郎吉、
「ふん、あれでもお直参か」吐き出すように呟いたが、「だがマアそれでもいいことを聞いた。鬼のいぬ間の洗濯だ。あばれて、あばれて、あばれ廻ってやろう」

 その夜、江戸の到る所で、鼓の音を聞くことが出来た。そうして市内十ヵ所に渡って、大きな窃盗が行われた。






[←先頭へ]

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送