国枝史郎「南蛮秘話森右近丸」(19) (なんばんひわもりうこんまる)

国枝史郎「南蛮秘話森右近丸」(19)

19

 一際こんもり[#「こんもり」に傍点]した森林が、行手にあたって聳えている。ちょうどその辺りまで来た時である。傍らの灌木の茂みを抜き、ガラガラと何物か投げ出された。
「あッ」と叫んだは猪右衛門、でもんどり[#「もんどり」に傍点]打って転がったが、鎖で足を巻かれている。
 同時に叫んだは玄女である。同じくドッタリ倒れたが、是も鎖で巻かれている。
「先ずは捕った」という声がして、灌木の陰から現われたのは、六七人の庭師であった。
「有無を云わすな、猿轡をかけろ、それから担いで引き上げろ!」一人の庭師が囁いたが、これ他ならぬ四郎太であった。
 ※[#「足+宛」、第3水準1-92-36]《もが》く玄女と猪右衛門を担いで庭師の去った後は、月光が木の葉を照すばかり、沈々《ちんちん》として静かである。が、次の瞬間には、驚くべき事件が行なわれた。と云うのは玄女と猪右衛門を、追って来た民弥と右近丸が、ちょうどここまで辿りついた時、荒々しい男の叫び声が、こう聞こえてきたからである。
「帰れ帰れ、巷の者共、穢してはならぬよ、処女造庭境を! そこから一歩踏み込んだが最後、迷路八達岐路縦横、再び人里へは出られぬぞよ!」
 続いてドッと笑う声が天狗倒しの風のように、物凄じく聞こえてきた。「おっ」と云ったは右近丸で、ピッタリ足を止めたが、声のした方へ眼をやった。
 大森林が聳えている。月光もその中へは射し込まない。宏大な城の鉄壁のように、ただ黒々と聳えている。
 気強《きじょう》とは云っても女である、民弥は思わず身顫いをしたが、「右近丸様!」と寄り添った。「妖怪《もののけ》などではございますまいか」「なんの!」と右近丸は一笑した。「妖怪ではござらぬ、人間でござる。思いあたることがございます! 不思議な巫女を頭とした、奇怪な庭師の群でござる。かつてこの場でそれ等の者と、邂逅《いきあ》ったことがございます。詳しいことはお後で申す。せっかくここ迄追い詰めて来て、猪右衛門と玄女を逃がしては、これ迄の苦心も無になります! 進む以外に法はない! いざ民弥殿手を取り合い!」
 恐れぬ二人、右近丸と民弥は、サーッと森の方へ駈け上った。
「汝等《おのれら》来るか!」と物凄い声がふたたび森林から聞こえたが、すぐにバラバラバラと飛礫《つぶて》が雨のように降って来た。
 だが恐れない二人であった。サーッと上へ駈け上る。
 と、一つの辻へ出た。森林の中に八本の道が、全く同じ形をとり、八方へ延びているのである。
 と、一方から声がした。「こっちだこっちだ、こっちへ来い!」
 そこで二人はひた走った。とまた一方から声がした。
「こっちだこっちだ、こっちへ来い!」
 そこで二人は方向《むき》を変え、声のする方へひた[#「ひた」に傍点]走った。
 とまた一方から声がした。「こっちだこっちだ、こっちへ来い!」
 そこで二人は方向を変え、声のする方へひた[#「ひた」に傍点]走った。
 すると今度は八方から、嘲ける声が聞えてきた。「こっちだこっちだ、こっちだこっちだ!」
 怒りを発した右近丸は今は平素の思慮も忘れ、ひたむきに一本の道を辿り、サーッばかり[#「サーッばかり」はママ]にひた走ったが、ハッとばかりに気が付いて立止まって背後《うしろ》を振り返ったが、「南無三宝! 民弥殿が見えぬ」
 ――民弥とはぐれて[#「はぐれて」に傍点]しまったのである。
 さてその翌日のことである、一人の女が物思わしそうに、京都の町を彷徨《さまよ》っていた。




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