国枝史郎「南蛮秘話森右近丸」(21) (なんばんひわもりうこんまる)

国枝史郎「南蛮秘話森右近丸」(21)

21

 それからベラベラと喋舌《しゃべ》り出したが、云う迄もなく出鱈目らしい。
「いや全く右近丸様ときては、立派なお方でございますなあ。……へいへい私の親類なので、甥にあたるのでございますよ。ええと年は三十五で……え? 何ですって、違いますって? アッハッハッ、さようさよう、三十五になんかなるものですか。ええと数え年十九歳で。……え、何ですって? 違いますって? さようさよう大違いで、アッハッハッ、ごもっとも。二十三歳でございますよ。……非常な美男で、剣道も達者で、浪人の身分ではありますが。……え何ですって、違ったというので? さようさよう、大違いで、間違いますなあ、よく間違う! アッハッハッハッ、こう間違っても困る。……左様でございますともご家臣で、信長公のご家臣で。蘭丸《らんまる》様の兄様で。……オットいけないまた違ったか。従兄弟《いとこ》でございますよ、従兄弟々々々……ところで昨日でございますがな、午後から参ったのでございますよ。ハイハイ私の屋敷へな。……え、違うと仰有《おっしゃ》るので? いかさまいかさま、これも間違い。間違いに相違ありませんとも。昨日《きのう》は一日お嬢様のお家で、くらしたはずでございますからなあ。……実は先刻《さっき》方参りましたので。へいへい私の屋敷へな。で、只今も居りますので、そうして右近丸が申しました、貴女《あなた》に是非とも逢いたいとな。……ええと所でお嬢様、何と仰有いますな、お名前は? へい貴女のお名前なので? お菊さんかな? お京さんかな? ……何々民弥? 民弥さんというので? そうそう民弥さんに相違ない。……云っているのでございますよ。是非民弥さんに逢いたいとな。そこで私が来ましたんで、ハイハイ貴女をお迎いにな。……さあさあ急いで参りましょう。私の家へ! 私の家へ!」
 間違ったことばかり云っている。
 でもし民弥が冷静だったら、当然疑いを挿んだろう。ところが民弥は冷静ではなかった。心がとうから茫《ぼうっ》としていた。で老人の出鱈目が、出鱈目でないように思われた。
 そこで民弥は夢中のように、老人の腕へ縋ったが、
「お爺様! お爺様! お爺様! さあさあ連れて行って下さいまし! さあさあ、逢わせて下さいまし、右近丸様は大事なお方、お逢いしなければなりません! 逢いとうございます、逢いとうございます! どうぞ逢わせて下さいまし! 貴郎《あなた》のお家へ! 貴郎のお家へ! さあさあお連れ下さいまし!」
「うむ、しめた!」と云ったように、老人は凄く笑ったが、「合点《がってん》々々お連れしますとも! さあさあ急いで参りましょう。私の家は柏野で。そこにあるのでございますよ。少し遠いが元気を出し、走って行きましょう、走って行きましょう!」
 そこで二人は走り出した。
 往来の人が振り返る。さも不思議そうに二人を見る。一人は兇相の老人である。一人は無邪気な娘である、それが走って行くのである。不思議そうに見るのは当然だろう。
 だが民弥は夢中であった。人に見られようが笑われようが、心に掛けようとはしなかった。一刻も早く右近丸様に、逢いたい逢いたいと思うのであった。
 二人はズンズン走って行く。




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