国枝史郎「南蛮秘話森右近丸」(28) (なんばんひわもりうこんまる)

国枝史郎「南蛮秘話森右近丸」(28)

28

 洵《まこと》に異風な人達であった。
 大方の者は赤裸で、茜《あかね》の下帯をしめている。小玉裏の裏帯を、幾重にも廻して腰に纏い、そこへ両刀を差している。
 つかみ乱した頭の髪、それを荒縄で巻いている。黒波《くろは》の脚絆で脛を鎧い、武者草鞋《わらじ》をしっかりと穿いている。そうして或者は熊手を持ち、そうして或者は鉞《まさかり》を舁《かつ》ぎ、そうして或者は槌《かけや》をひっさげ、更に或者は槍を掻い込み、更に或者は斧をたずさえ、龕燈《がんどう》を持っている。
「あっ」と仰天した娘の民弥は、ベッタリ地上へ坐り込んでしまった。
 極度に胆を潰したのである。
 胆の潰れたのは当然といえよう、一難が去れば一難が来る。そうして新しい災難は、以前の災難よりより[#「より」に傍点]以上、恐ろしいものであるのだから。
 気丈の民弥も顫え上り、茫然として見守った。
 が、それにしてもこの連中は、どういう身分の者だろう?
 浮木の姥が走って来て、その連中とぶつかった[#「ぶつかった」に傍点]時、大体身分の見当が付いた。
「おっ、汝《おのれ》らは茨組《いばらぐみ》か!」こう云ったのは浮木である。
「珍らしいの、浮木の姥か」
 こう云って進み出た壮漢は、この一党の頭と見え、荒々しい顎鬚を顎に貯《たくわ》え、手に鉄棒をひっさげている。年の頃は四十五六、腹巻で胴を鎧っている。星影左門《ほしかげさもん》という人物である。
「唐姫《からひめ》殿はご無事かの?」嘲笑うように訊き返した。
「うむ」と云ったが浮木の姥は、かなり周章《あわて》た様子であった。「いつ其方《そち》達は上洛したぞ?」
「ご覧の通りさ、たった今さ」
「で、何のために上洛したな?」
「京師《みやこ》を掠めようその為さ」
「が、そいつはよくあるまい」浮木はその眼をひそめたが、
「あの信長めが京師を管理し、威令行なわれているからの」
「そんなことには驚かないよ」星影左門は笑ったが「何の検断所の役人どもに、指一本でもささせるものか」
「が、それにして何のために、五六十人ばかりの同勢で、いまごろ上洛して来たな?」
「唐姫殿が欲しいからよ」
「ふふん」と浮木は嘲笑った。「お前のような人間は、唐姫様にはお気に召さぬそうな」
「それは昔から解《わか》って居るよ」星影左門も負けてはいない。
「が、腕ずくでも手に入れて見せる」
 浮木の姥はまた笑ったが、「我等の勢力を知らぬと見える」
 すると左門も笑ったが、「そういうことを云うお姥こそ、我々の勢力を知らぬと見える。……と云うのはここにいる人数こそ、六十人にも不足だが、なお後から続々と、大勢の者が上洛《のぼ》るのだ、のみならず土右衛門《つちえもん》も槌之介《つちのすけ》も、衆をひきいて上洛るのだ。いやいやその上に筑右衛門《ちくえもん》までが、衆をひきいて来るのだよ」
「ふふん」と云ったものの浮木の姥はいささか胆を奪われたらしい。「よかろうよかろう幾百人でも来い。しかし我等が固めている、処女造庭の境地へは、一歩たりとも入れぬからの」
「入れぬと云っても入ってみせる。がそれは後日の問題だ。今夜はこれで別れよう」
「これ」と浮木は声を強めた。「娘をこちらへ引き渡せ」
 すると左門は民弥を見たが「随分美しい娘だの。酌などさせたら面白かろう。……お気の毒だが渡されぬよ」
「是非とも渡せ! 大事な娘だ!」
「ほほうそんな[#「そんな」に傍点]にも大事かな?」
「大事な娘だ、さあさあ渡せ!」
「では」と云うと星影左門は一層意地の悪い顔をしたが、「では尚更渡されぬよ。と云うのはこいつを囮にして、我等の望みを遂げたいからさ」
 ここでグルリと手下を見たが、
「さあさあ汝《おのれ》らこの娘をつれて、目的の地へ行くがよい」
 もうこうなっては仕方がない、浮木はたった[#「たった」に傍点]一人である、左門の一党は多勢である。
「娘を渡せ! 娘を渡せ!」
 浮木の叫ぶのを意にも介せず、
「どうぞお許し下さいまし、家へ帰らして下さいまし」
 こう云う民弥の言葉も聞かず、大盗茨組の一党は、民弥を数人で宙につるし、悠々として山路を下り、京都の町へ入ったが、そのまま行方《ゆくえ》をくらませてしまった。




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