国枝史郎「生死卍巴」(12) (せいしまんじどもえ)

国枝史郎「生死卍巴」(12)

どこへ?

 そもその一団は何者なのであろう? その風采から調べなければならない。同勢はすべてで二十人であったが、筒袖に伊賀袴を穿いていて、腰に小刀を一本だけ帯び、切れ緒の草鞋《わらじ》をはいていた。で、風采から云う時は、大して変なものでもなかった。が、顔立ちには特色があった。と云うのは山間の住民などに見る、粗野で物慾的で殺伐で、ぐずぐずしたようなところがなくて、精神的の修養を経た、信仰深い人ばかりが持つ、霊的な顔立ちを備えているのである。
 彼らは輿《こし》を担いでいた。白木と藤蔓とで作られた輿で、柄《え》ばかりが黒木で出来ていた。四人の若者が担いでいる。どこか神輿《みこし》めいたところがあって、何となく尊げに見受けられたが、一所に垂れている垂れ布《ぎぬ》の模様が、日本の織り物としてはかなり珍らしい。剣だの巻軸だの寺院《てら》だのの形で、充たされているのが異様であった。
 と、この一団だが近づいて来て、茅野雄の前までやって来ると、予定の行動ででもあるかのように、足を止めて松火《たいまつ》をかかげた。
 そうでなくてさえ茅野雄にとっては、もの珍らしい一団であった。ましてや足を止められたのである。必然的に彼らを見た。
 と、「おや!」という驚きの声が、茅野雄の口から飛び出した。
 その一団の先頭に佇み、茅野雄を見ている老人があったが、昼間茅野雄に道を教えた、老樵夫その人であったからである。
 と、老樵夫は腰をかがめたが、恭しく茅野雄へお辞儀した。
「お迎えに参りましてござります。ご案内いたすでござりましょう。どうぞ輿へお召しくださりませ」
(驚いたなア何ということだ。俺には訳が解らない)
 茅野雄は老人へ云った。
「親切に道を教えてくれた、お前は先刻の老人ではないか。何と思ってこのようなことをするぞ?」
 しかし老人は茅野雄の言葉へ、返辞をしようとはしなかった。
「お迎えに参りましたのでござります。ご案内いたすでござりましょう。どうぞ輿へお召しくださりませ」
 こう繰り返して云うばかりであった。
「お前に迎えられる理由はないよ」
 茅野雄は少しく腹立たしくなった。
「案内すると云うが、俺《わし》の行く先を知っているかな?」
 老人の言葉は同じであった。
「お迎えに参りましてござります。ご案内いたすでござりましょう。どうぞ輿へお召しくださりませ」
「俺《わし》はな」と茅野雄は苦笑しながら云った。
「先刻《さっき》は高山へ行くとは云ったが、ほんとうの行く先は高山ではないのだ。高山からさらに十里離れた……」
 しかしこのように云って来て、不意に茅野雄は口を噤《つぐ》んだ。
(迎えに来たというからには、案内しようというからには、俺の行く先を知っていなければ嘘だ、……と云って知っているはずはない。よしよし一つからかって[#「からかって」に傍点]やろう)
 で、茅野雄はわざと慇懃《いんぎん》に云った。
「せっかくのお迎えでござるゆえ、遠慮なく輿に乗りまして、行く先までご案内をお願いしましょう。が、只今も申した通りに、貴殿方には拙者の行く先を、ご存じないように存じますよ。それともご存じでござりますかな? ご存じならば仰せられるがよろしい。ただしこれだけは申し上げる。と云うのは今も申しました通り、拙者の行く先は高山から、十里はなれた地点でござる。どこでござろうな? どこでござろうな?」
 で、老人の答えを待った。
「はい」と老人はその言葉を聞くと、いくらか眉をひそめたようであったが、
「高山のお城下を中心にして、十里離れた地点と申しても、いろいろの里や郷があります。どの方角へ十里でござりましょうか」
(それ見ろ)と茅野雄は笑止に思った。
(お迎えに来たの案内しようのと、いいかげんのことを云っていながら、俺の行く先を知らないではないか。――どうやらこ奴らは悪者らしい)
 しかし茅野雄は云うことにした。
「どの方角だか俺《わし》も知らぬ。ただし地名は丹生川平《にゅうがわだいら》と云うよ」
 ――するとこれはどうしたのであろうか、老人の態度がにわかに変わって、一種の殺気を持って来た。
「丹生川平へおいでになる? どのようなご用でおいでになりますかな?」
「そこにの、俺《わし》の叔父がいるのだ」
「お名前は何と仰せられますかな?」
(何故こううるさく訊くのだろう?)
 茅野雄は変な気持がしたが、
「叔父の名前か、宮川覚明《かくめい》というよ」と、一つの事件が起こった。
 茅野雄のそう云った言葉を聞いて、老人が鬼のような兇悪な顔をつくり、従えて来た部下らしい十九人の者へ、何やら大声で喚いたかと思うと、十九人の若者が小刀を抜いて、死に物狂いの凄じさで、茅野雄へ切ってかかったことであった。輿も松火も投げ捨てられて、輿は微塵に破壊《こわ》されたらしく、松火は消えて真の闇となった。
 ダ、ダ、ダ、ダ、ダ――ッと物凄い足音! つづいて喚く声々が聞こえた。
「法敵の片割れだ! 生かして帰すな!」
「丹生川平へ走らせるな!」
「谷へ蹴落とせ! 切り刻んでしまえ!」
「いや引っ捕らえろ! 生贄《いけにえ》にしろ!」
 しかしそういう声々よりも、そういう声々の凄じい中を縫って、例の老人の錆びた太い声が、祈りでも上げているように、途切れ途切れではあったけれども、
「我が兄弟健在なれ! 勝利を神に祈れ! 教主マホメットの威徳を我らに体得せしめよ! 全幅の敬意を我らは捧ぐ! 唯一なる神よ! 謀叛人を許すなく、マホメットの使徒に行なわしめよ! 最も荘厳なる殺戮を! この者我らの敵にして、神を犯しマホメットを穢す! 嵐よ吹け! この者を倒せ! 豪雨よ降れ! この者を溺らせよ!」
 と、木や岩に反響して聞こえてくるのが、一層に凄くすさまじかった。
 思いも及ばなかった殺到に対して、いかに茅野雄が驚いたかは、説明をするにも及ばないであろう。
 身を翻えすと飛びしさって、そこにあった老木の杉の幹を楯に、引き抜いた刀を脇構えに構え、しばらく様子をうかがった。
 と云っても相手を見ることは出来ない。深山の暗夜であるからである。焔は消えたが余燼《よじん》はあって、五六本の松火が地上に赤く、点々とくすぶって[#「くすぶって」に傍点]はいたけれど、光は空間へは届いていなかった。案内の知れない山中であった。諸所に大岩や灌木の叢《くさむら》や、仆れ木や地割れがあることであろう。飛び出して行って叩っ切ろうとしても、躓《つまず》いて転がるのが精々であった。
(こ奴らは、一体何者なのであろう?)
 老人の祈りめいた叫び声によって、マホメット教徒であるらしい――そういうことだけは思われた。
(丹生川平の叔父の一族を、敵として憎んでいるらしいが、どういう理由から憎むのであろう?)
 すると不意に茅野雄の記憶の中へ、従妹《いとこ》の浪江から送り来《こ》された、書面の文句が甦えって来た。
(父も母も無事でございます。でも性質は変わりました。敵を持つようになりました。只今私達の一族は、苦境にあるのでございます。どうぞどうぞおいでくださいまして、私達一族の味方となって、私達をお助けくださいませ。――そうだ、こんなように書いてあった。その敵というのがこ奴らなのであろう)
「だが何故俺を殺そうとするのか?」
(俺が叔父達の一族だからであろう)
(俺にとってもこいつらは敵だ!)
 眼の前の余燼を赤らめて、点々と見えていた松火の火が、この時にわかに消えてしまった。
 松火の余燼の消えたのは、そこへ相手の敵の勢が集まって、足で踏み消したのであろう――と、直感した直感を手頼《たよ》って、茅野雄は翻然と突き進んだ。声は掛けなかったが辛辣であった! 感覚的に横へ薙いだ。と、すぐに鋭い悲鳴が上って、人の仆れる物音がしたが、つづいて太刀音と喧号《けんごう》とが、嵐のように湧き起こった。そうして闇の一所に、その闇をいよいよ闇にするような、異様な渦巻が渦巻いたが、にわかに崩れて一方へ走った。
 と、数間離れたところで、同じような渦巻が渦巻いて、またもや太刀音と喧号とが悲鳴と仆れる音とに雑って、同じく嵐のように湧き起こった。茅野雄が敵を切って位置を変えるごとに、執念深く敵が追い逼って、引っ包んで討ち取ろうとしているのであった。
 同じようなことが繰り返されて、渦巻が崩れて一方へ走って、そっちへ渦巻が移って行った時に、谷へ石でも転落するような、ガラガラという音が響き渡った。





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