国枝史郎「染吉の朱盆」(10) (そめきちのしゅぼん)

国枝史郎「染吉の朱盆」(10)

     一〇

 それから岡八嘲るように、ニヤニヤ笑いながらいい出した。
「巧んだ事件というやつは、例えどんなにコンガラガッていても、どこかで辻褄が合うものだ。作り話だって同じだァね。だがあの話は面白かった。旨く辻褄を合わせて見せよう。第一に辻斬の侍だが、ありゃァ将軍家ご連枝の、若殿様と見立てるんだなあ。新刀試しをしたことにするさ。お縫様屋敷のあの辺は、人家がなくて寂しくて、そんなことをするにはいい場所だ。捕方の連中に囲まれた時ポンと胸のあたりを打ったというから、こいつを大いに役たたせよう。葵の御紋があったとするのさ。満月の晩だからよく解らあ。で、捕方の面々ども、手が出せなくて『へー』と平伏……これだけで片がつくじゃァねえか。……切りたおされた手代だが、染吉の朱盆を持っていたとするさ。つまり主人のいいつけで、染吉の所から持って来たのさ。追っかけて来た職人は、当然染吉とするんだなあ。染吉という男名人気質で、自作にひどく愛着を持ち、人に渡すのを厭やがったというから、取り返しに来たと見立てるがいい、手代がそこにたおれている、朱盆をちゃんと持っている、で『しめた!』と叫んだことにするさ。取り返した嬉しさに飛び上がった途端、ヒョイと盆が手から放れ、お縫様屋敷へ飛び込んだとするさ。で『しまった!』と叫んだことにするさ。その時はじめて気がつくと手代の野郎殺されている。で一散に逃げたとするさ。盆に未練がある所から、お縫様屋敷へ取りに行ったが、あんまりお縫様が奇麗だったので、くれる気になって置いて来たとするさ。こいつを四回繰返させるんだあね。武士の辻斬り以前の通りさ、盆の取り返し、以前の通りを、ただし二回目からは、染吉をして、わざと屋敷へ投げ込ませたことにするさ。ああそうだよ、朱盆をな。で『しまった!』とはいわなかったことにするさ。なぜ投げ込んだ? いうまでもないや、恋の心を通わせるためさ。『恋すてふ』というあの歌だが、偶然蒔絵したと解するんだなあ。百人一首を蒔絵にする、有勝のことで不思議はないや。だが染吉はその偶然を、旨く利用したものと解するんだなあ。しかし最後の一枚になって、すっかりへこたれて[#「へこたれて」に傍点]しまったのは、……こいつだけは二通りに解釈出来る。恋病で衰死をし、製造することが[#「製造することが」は底本では「製造するこことが」]出来なかったと、こう解釈をしてもいいし、もし染吉の作った朱盆に、ひょっと人の血が雑《まざ》ってでもいるなら、染吉自身の血だとして、あんまり生血を絞ったんで、衰えて死んだとしてもいい。……兎に角ほんとに染吉という奴は、わけのわからない衰死病で、若死したというからなあ。古道具屋の爺もいっていたよ……どうだアラカタこれでよかろう。スッパリ辻褄は合ったろうがな」
 また笑ったものである。
「お縫様の死はどうするね?」半九郎凹《へこ》まずきき返した。
「ある大店の娘御が、癆咳《ろうがい》を病って寮住居、年頃だから恋がほしい、そこでぜひとも『思ひそめしが』と、誰かに口説いて貰いたい、そこでその盆をほしがっているうち、病気が進んでなくなられた。癆咳娘の住居した寮だ、借手がないという所で、今日までも空家なのさ。……ということにするがいいさ。ごらんよ、ちゃァんと辻褄が合わあ」
「その話はそれでよいとして、お前のぶつかったその女、凄いほどの美人だということだが、どうして染吉の朱盆ばかりを、そうも買あつめたものだろう?」
「ああ、そいつか、その女がいったよ、『ねえ岡八さん、何も私は、あなたの邪魔をしようとして、染吉の朱盆を集めたんじゃァないよ。どうしたら立派な赤い色を、死絵の中へ出すことが出来るか、その参考に江戸中を廻って染吉の、盆を集めたってものさ。そいつにお前さんが引っかかったのは、少ォしばっかり間抜けだねえ』と。いやはやどうも、これには参った」
「だがオイ」と岡八またいった。「お前の話しがお縫様屋敷の話、みんながみんな嘘でもあるめえ」
「うん」と半九郎苦笑をし「今辻斬がはやるから、辻斬の武士を一枚入れ、染吉の朱盆が値を呼んだというからそこで、そいつを早速取り入れ、お縫様屋敷の物語りを、チョッピリ加えてデッチ上げたってものさ」
「お縫様屋敷の真相は?」
「お縫様という美人がいた。人を恋して死んでしまった。今に執念が残っている。ただこれだけさ、何があるものか」
「だが、よかったよ、お前の話、俺に難事件を片付させてくれた」
「兄貴を担ごうと思ったんだが、まるでアベコベに利用されてしまった」
「どんな話にだって暗示はあるなあ。だがお前にも厄介になった。有難かった、一杯飲もう」




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