国枝史郎「前記天満焼」(12) (ぜんきてんまやけ)

国枝史郎「前記天満焼」(12)

12

 なおも乞食は云いつづけた。
「宇和島様でございましょうな、加賀屋からのお迎えでございます。……こう云ったではありませんか」
「ははあ提燈の持主がね?」
「へい左様でございますよ。……それから、侍を囲繞《とりかこ》んで、霊岸島の方へ行きましたので」
「霊岸島の方へ? 不思議ですなあ。加賀屋の本家も控えの寮も、霊岸島などにはなかったはずだが」
「これが好奇《ものずき》というのでしょう、後をつけた[#「つけた」に傍点]のでございますよ、人殺しをした侍が、どこへ落ち着くかと思いましてね」
「偉い」と松吉は手を拍った。
「ねえお菰さん、お菰さんを止めて、私の身内におなりなさいまし」
「これは」と乞食は苦笑したが、
「で、つけた[#「つけた」に傍点]のでございますよ」
「それで、どうでした、どこへ行きました?」
「へい、柏家へ入りました」
「柏家? なるほど、一流の旅籠《はたご》だ」
 こうは云ったが考えた。
「ちょっと不思議な噂のある旅籠だ。……ところで、それからどうしました?」
「話と申せばこれだけなので」
 ニンマリと乞食は笑ったが、
「親分さんは御親切で、どんな者にでもお逢いになり、話を聞いて下さるそうで。……仲間中での評判でしてね。……お為になれば結構と存じ」
「よく解《わか》りました、有難いことで。……これはほん[#「ほん」に傍点]の志で。……オイオイお梅さんお梅さん、このお客さんへお酒をお上げ。ええとそれからおまんま[#「おまんま」に傍点]をね」
 居間へ引っ返した丁寧松はポカンとした顔で考え込んだが、やがて長火鉢のひきだし[#「ひきだし」に傍点]を開けると、ちいさい十呂盤《そろばん》を取り出した。
 パチ、パチ、パチと弾き出した。
 岡引の松吉は三十五歳、働き盛りで男盛り、当時有名な腕っコキで、十人以上の乾兒《こぶん》もあったが、どうしたものか独身であった。そうして彼は変人でもあった。起居も動作も言葉つきも、岡引どころの騒ぎではなく、旦那衆のように丁寧なのである。乾兒や乞食に対してさえ、丁寧な言葉を使うのである。
 丁寧松の由縁《いわれ》である。
 ところで彼は捕り物にかけては、独特の腕を持っていた。武器はと云えば十呂盤と十手で……
 十手が武器なのは当然だが、十呂盤が武器とはどういうのだろう?
 それは誰にも解らなかった。
 とはいえ、彼は事件にぶつかると、きっと十呂盤を取り出して、掛けたり引いたりするのであった。
 こじつけ[#「こじつけ」に傍点]ればこんなように云うことは出来る――すべて数学というものは、人の心を緻密にし人の心をおちつかせる。そこで心をおちつかせるために、十呂盤弾きをするのだと。
 今も熱心に弾いている。
「二、一天作《てんさく》の五、二進《しん》が一進《しん》、ええと三、一、三十の一……加賀屋親子の行方不明、佐賀町河岸での人殺し、そこへ迎えに出た加賀屋の提燈……これには連絡がなければならない。……宇和島という若侍……それに泊まった柏屋という旅籠? ……柏屋、柏屋、柏屋だな?」
 どうにも考えがまとまらないらしい。
「加賀屋から迎えに出た以上は、本家か寮かへ連れて行かなければ、本当のやり口とは云われない。……十から八引く六残る。冗談云うなよ、二が残らあ」
 珠算《たまざん》をしながら考えている。
 痩せぎすでそうして小造りであり、眼が窪んで光が強く、どっちかというと醜男である。だが決して一見した所、人に悪感を与えるような、そんな人相はしていない。
「十から八引く二が残る。と云うのが浮世の定法だが、本当の浮世はそうでない。八が残ったり四が残ったり、もう一つこいつ[#「こいつ」に傍点]が酷《ひど》いことになると、十一なんかが残ったりする」
 などと警句を云う男であった。
 珠を払うとヒョイと立った。
「本筋から手繰って行くことにしよう」
 土間を下りると雪駄を穿き、格子をあけると戸外《そと》へ出た。
 午前六時頃の日射しである。
 早朝だけに人通りが少なく、朝寝の家などは戸を閉ざしている。
 須田町から和泉《いずみ》橋、ずっと行って両国へ出たが、駕籠を拾うと走らせた。
「へいよろしゅうございます」
 駕籠屋に対しても丁寧である。酒手まではずんだ[#「はずんだ」に傍点]丁寧松は、駕籠を下りると歩き出した。





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