国枝史郎「沙漠の古都」(23) (さばくのこと)

国枝史郎「沙漠の古都」(23)

        二十三

 その時正面の扉をあけてマハラヤナ博士がはいって来たが、レザールのいるのも気がつかないようにセカセカとラシイヌに云うのであった。
「唄を聞きたまえ! 土人乙女の唄を!」
「さっきから聞いてはおりますがね……」
 ラシイヌは鷹揚に返辞《うけこた》える。
「で、君はあの唄をどう思うね?」
 博士の口調は真面目である。
「どう思うと訊かれても困りますな。私は西班牙《スペイン》の人間でボルネオ土人ではありませんから、唄の文句さえ解りませんよ」
「なるほど」と博士は顔を顰《ひそ》め、「これはこの私の誤まりじゃ……それでは私が訳してあげよう。文句はきわめて簡単じゃからの」
 それから博士はうたうような調子で土人の唄を訳して行った。

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昔、昔、大昔に
二羽の巨鳥《おおどり》が住んでいた
「人間を作ろうじゃあるまいか」
一羽の巨鳥がこう云うと
「そいつはおおきにいいだろう」
他の一羽もこう云った

いちばん最初《はじめ》に作ったのは
巨《おお》きな巨きな樹であった
二番目に彼らの作ったのは
堅い堅い石であった

「樹から人間は作れないよ」
「石からも人間はつくれないよ」
「水と土とで作ろうか」
「おおきにそいつはいいだろう」

水と土とで作られたのは
私達の先祖、人間様!
土が積もって山となり
水が溜まって湖《うみ》となる

山と湖とに守られて
私達の先祖が住んでいる
湖と山とに囲まれて
先祖の宝が秘蔵《かく》されてある
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 訳してしまうと老博士はラシイヌの顔を真っ直ぐに見て熱心な口調で云うのであった。
「山と湖とに守られて私達の先祖が住んでいる。湖と山とに囲まれて先祖の宝が秘蔵《かく》されてある。……この唄の意味をどう思うね? 僕らがこれから向かおうとする宝庫探検の目的とこの唄の文句に含まれている一つの暗示的の意味との間に脈があるとは思わないかね? ……」
 すると、その時まで博士の横に黙って立っていたレザールが、横の方から口を出した。
「大いにあると思いますな……実は私もこの唄の意味とそっくり同じ意味のことをボルネオ土人から幾度となく話して聞かされたものですよ。つまりそのために濠州の方を探検するのを後に廻してボルネオから先に探検《しら》べようと、数回手紙や電報でラシイヌさんと打ち合わせて、濠州のメルボルンへ行く途中、サンダカンへ先に上陸して、ともかくもボルネオの奥地の方を、探検しようと二人の間だけでは決定していたのでございますよ。どうしてどうして私達に取っては土人の唄や伝説は決して馬鹿には出来ません。第一私の目的が、数千年前に生きていた沙漠の住民の羅布《ロブ》人が国家の滅びるその際に隠匿したという大財宝を、発見しようというのですから既に立派な昔噺《むかしばなし》式で伝説的でもあるのです。まして今では発見についてのこれぞという手懸かりもないのですからせめて、土人の伝説か俚謡《うた》でも、手懸かりの一つにしなかったら取っ付き場所がありません……」
 マハラヤナ博士は驚いたようにレザールの顔を眺めたが、
「おお、君はレザール君か!」
「博士ご無事で結構でした」
「君は濠州の方にいる筈だが?」
「さよう、濠州の方にもおりました。ただし只今申し上げたようなああいう事情がありましたので少し前からこのボルネオのサンダカン市に来ていました」
「なるほど」と博士は眉をしかめ、「それじゃ何かね、濠州より先にこのボルネオを探るのかね……僕は少しも知らなかったが」
「絶対の秘密を保つため今まで申し上げないでおりました」
「それじゃ僕らが海賊に襲われてこのボルネオへ避難したのはあまり損でもなかったのだね」
「天の祐《たす》けというものでしょう」
 三人は愉快そうに哄笑した。林の中からは乙女の唄が尚のどやかに聞こえて来る。真昼の光で樹々の梢《こずえ》は黄金のように輝いている。



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