国枝史郎「沙漠の古都」(25) (さばくのこと)

国枝史郎「沙漠の古都」(25)

        二十五

 行く行く彼らは土人の部落――すなわち部落へ到着《ゆきつ》くごとに飾り玉や玩具を出して見せて彼らの食料と交換した。米や野菜や鶏や卵や唐辛《とうがらし》または芭蕉の実やココアなどと貿易したのである。部落《コホン》の土人は想像したより彼らに敵意を示さなかった。貯蔵《ため》ていた食料を取り出して来て惜し気もなく彼らと交換した。そして一行を歓待して土人流の宴会を開催《ひら》いてもくれた。羽毛を飾った兜《かぶと》を冠って人間の歯の頸飾りをかけ、磨ぎ澄ました槍を手に提げ宴会の庭へ下り立って戦勝祝いの武者踊りをさも勇猛に踊ってくれた。もっとも時には一行に向かって敵意を現わす部落もあった。バンバイヤ河の水源のバンバイヤ湖へ来た時に突然葦《あし》の繁みから毒矢を射出す者があった。味方の土人が五、六人それに当たって地に倒れた。それに驚いた味方の土人は一度に後に退いたが旋条銃の狙いをよく定めてやがて一斉にぶっ放した。次第に消えて行く煙りの間から湖水の方を眺めて見ると独木舟《まるきぶね》がおよそ十五、六隻周章《あわ》てふためいて逃げて行く。多数の死傷者があるらしい。味方の土人は勢いを得て岸に沿うて敵を追おうとしたがラシイヌはそれを許さなかった。伏兵のあるのを恐れたからだ。味方の負傷者を調べて見るといずれも傷は浅かったが、鏃《やじり》に劇毒が塗りつけてあるので負傷者はのた打って苦しがる。そしてだんだんに弱って行く。マーシャル医学士は智恵を絞って負傷者のために尽くしたけれど、二人だけはその夜息が絶えた。土人の死骸を埋葬してから一行は尚進んで行った。一つの部落へ着いた時、不思議にも部落は空虚《から》であった。一人の土人の姿もない。そこで一行は安心して部落の空地へ天幕を張って、その夜の旅宿をそこに定め各※[#二の字点、1-2-22]眠りにつこうとした。ちょうど真夜中と覚しい頃、突然部落の家々から一斉に焔《ほのお》を吐き出したので、一同は初めて土人達の計略に落ちたことを感付いた。焔はその間も天幕を包んで四方から刻々に襲って来る。立ち昇る火の粉を貫いて雨のように毒矢が降って来る。無智の土人達は火を怖れて消そうともせず顫《ふる》えている。馬や水牛やボルネオ犬は――いずれも荷物を運ばせるために市《まち》から連れて来た家畜であるが――火光に恐れて手綱を切って焔を目掛けて飛び込もうとする。味方は火薬を持っているだけに危険の程度が大きいのであった。火焔が天幕を焼くようになったら自《おのず》と火薬は爆発しよう。五十貫の火薬箱がもし一時に爆発したら、一行百余人の生命《いのち》は粉な粉なになって飛んでしまうだろう!
 ラシイヌもレザールもマハラヤナ博士も、ダンチョンもマーシャル氏も手を束《つか》ねて茫然と火勢を見ているばかりでどうすることも出来なかった。椰子や護謨の樹に燃え移る焔が樹油《あぶら》にパチパチ刎ねる音や、燃え崩れる小屋の地響きや、敵方の上げる閧の声が、千古斧を入れない森林の夜を戦場のように掻き立てる。
 その時、四人の酋長の中、ザンギバール人の酋長が息せき切って走って来たが、マハラヤナ博士を捉らまえて何か早口に話し出した。
 それを博士が通弁する……
「飾り玉を百個くれるなら敵の土人と和睦《わぼく》して、火事を消し止めてお目にかけるとこの酋長が云っているのです」
「飾り玉で和睦が出来るなら二百でも三百でもくれてやりましょう」
 ラシイヌは喜んでこう叫んだ。博士がそれを通弁する。すると酋長は身を翻えして側《そば》の椰子の樹へよじ上り敵の土人を見下ろしたが、そこから大声で怒鳴り出した。と、不思議にもそれっきり敵の方から矢が来なくなった。間もなく焔の勢いが弱って次第次第に消えて行った。危険は全く去ったのである。危険が立ち去ったばかりでなく、新たに五十人の味方が出来た。今まで敵であった部落の土人が、五十人の壮丁を選《え》りすぐって従軍させたいと云い出したからで、ラシイヌはそれをすぐ許した。彼ら部落の土人どもはザンギバール人であるのであった。それでこっち方のザンギバール人の酋長の提議をすぐに入れて容易《たやす》く和睦をしたのであった。
 百五十人の探検隊は翌日部落を発足して奥地への旅を続けて行った。無限に続く大森林! 森林の中の山と川! 底なしの沼や鰐《わに》の住む小川! それを越えて奥へ奥へ既に一月も進み進んで英国領もいつか越え、和蘭《オランダ》領へはいり込んだ。こうして尚も追撃を続け、目差す奥地も間近くなった。その時精悍なダイヤル種族の大部落と衝突したのであった。
 幾度かの小戦闘《こぜりあい》が行われた。食人人種ダイヤル族は噂に勝って猛悪であった。味方の土人は彼らを恐れて前進しようとはしなかった。彼らの姿を一目でも見ると手の武器を捨てて逃げるのであった。それを叱ると罰を恐れて隊から逃亡するのであった。十人あまりも既に逃げた。逃げる時土人は銃を盗んだり飾り玉を盗んだりして逃げるのであった。
 ある夜、敵方の陣地から不意に唄声が聞こえて来た。それは意外にもあの[#「あの」に傍点]詩《うた》であった。
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古木天を侵して日已に沈む
天下の英雄寧ろ幾人ぞ
此の閣何人か是れ主人
巨魁来巨魁来巨魁来
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 この詩を聞くとラシイヌはいまいましそうにこう云った。
「心配した通り袁更生めがダイヤル族を手なずけて旨く味方に引き入れたらしい。海賊の一味が加わったからには、ダイヤル族のあの陣地は容易に抜くことは出来ないだろう。仕方がないから僕らの方でも堅固な砦《とりで》を築くことにしよう」
 こうしていよいよ両軍の間には持久戦の準備が始められた。



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