国枝史郎「神秘昆虫館」(37) (しんぴこんちゅうかん)

国枝史郎「神秘昆虫館」(37)

 37

 裏門まで馳せつけた七福神組は、バラバラとそこで手を解いた。手組輿がこわれた。
 ヒラリと下り立ったのは弁天松代で、ズ――ッと館を見廻したが、
「さあさあいよいよ乗り込みだ。唐の建物に則った、珍妙を極めた家のつくり、棟数も随分多いようだ。人数も大分籠っているらしい。七人の仲間がバラバラに、別れて探しにかかった日には、打って取られる恐れがある。成るたけ七人かたまって、片っ端から一棟ずつ、虱潰(しらみつぶ)しに潰すとしよう。何の何の潰すんじゃアない。桔梗様を見付けて取り返すのさ。どうせ切り合いになるだろう。刀の目釘を湿すがいい。ええと合言葉は『船と輿』だ。そうは云っても乱闘となったら、チリヂリバラバラに別れるかも知れない。そうなったら仕方がない、各自(めいめい)思うさま働くがいい。そうして危険にぶつかったら[#「ぶつかったら」に傍点]、合図の手笛を吹くことにしよう。一声永く引っ張ってな。ええとそれから誰でもいい、誰か桔梗様を目付けたら、手笛を二声吹くとしよう。……さあさあ乗り込め、まず妾から」女ながらも一党の頭、隙のない手配りを云い渡したが、やがて土塀へ手をかけると、翩翻(へんぽん)と向こうへ飛び越した。
 後の六人も負けてはいない、これも土塀を飛び越した。
 宏大な庭が拡がっている。樹木や築山が奪えている。泉水も小川もあるらしい。それに介在して建物が、到る所に立っている。月光が、それを照らしている。ある建物からは人声がする。ある建物は沈黙である。
 地に肚這った七福神組は、しばらく様子をうかがったが、「オイ」と松代がまず云った。「手近の建物から調べよう」
「合点」と答えたのは六人である。もちろん掠めた声である。
 眼の前に一字の建物がある。厳重に雨戸で鎧(よろ)われている。そこは怪盗七福神組だ。そこまで素早く走ったが、神妙を極めた潜行ぶりで、葉擦れの音も立てなければ、足音一つ立てなかった。
 と、松代がピタリと、雨戸へ耳を押しあてた。
「どうやらここは図書庫らしい。人の気勢(けはい)が感じられない。紙魚(しみ)くさい匂いばかりが匂ってくる」すなわち六感で感じたのだろう。「さあさあ、向こうの建物へ行こう」
 そこで七人また潜行し、もう一つの建物までやって来た。と、ピッタリ弁天松代は、雨戸へ耳をおっ[#「おっ」に傍点]付けたが、「ここには四五人人(ひと)がいる。だが一人も女はいない。何となく刀気が感じられる。これは武器庫に相違ないよ。随分たくさん蔵(しま)ってあるらしい。これがいつもの私達だったら、決して決して見遁しては置かない。踏ん込んで行って攫うのだが、今夜はそうしてはいられない。攫うものが他にあるのだからね。……さあさあそれでは向こうへ行こう」
 行手にあたって林がある。と云っても楓の植え込みである。林のように繁っている。月光を遮って闇である。その右手に建物がある。
「まず植え込みへ隠れよう」こう云ったのは弁天松代。
「合点」と六人は領いた。
 で七人が潜行し、素早く植え込みへ身を隠した時、ザ――ッ、ザ――ッとさっきから、響を立てていた滝の音が近増(ちかま)さったのか、高く聞こえ、何となく凄く感じられたが、その滝の鳴る方角から、肩に月光を浴びながら、一人の武士が小走って来た。右手の建物へ行くのらしい。
 それと見て取った弁天松代は「オイ」とまたもや囁いた。
「侍が一人やって来る。館の住人の一人だろう。二三人同時に飛び出して行き、有無を云わせず引っ捕らえ、ここへしょびいて[#「しょびいて」に傍点]来るがいい。桔梗様の居場所を聞いてやろう。が、いいかい間違っても、音を上げさせちゃアいけないぜ」
「おっとよい来た」と答えたのは、小頭の蛭子(えびす)三郎次である。
「それじゃア俺(おい)らも手を貸そう」こう云ったのは大黒の次郎。
「面白いの、俺も行く」こう云ったのは布袋(ほてい)の市若で、前髪立ちの美男子だ。








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