国枝史郎「正雪の遺書」(02) (しょうせつのかきおき)

国枝史郎「正雪の遺書」(02)



 その紙片こそは由井正雪が臨終に際して書きのこしたところの世にも珍らしい遺書《かきおき》なのであって、慶安謀叛の真相と正雪の真価とを知りたい人には無くてならない好史料なのである。
 私がそれを手に入れたのはほんの偶然のことからであって、意識して求めた結果ではない。しかし私がその遺書のある肝心の部分だけを解り易い現代語に書き直して発表するということには多少の意味がある意《つもり》である。
 とはいえ私は説明はしまい。意味を汲み取るのは読者の領分で私は記載するばかりである。

   ――以下正雪の遺書――

(前略)……老中松平伊豆守様。貴方《あなた》はきっと驚かれるでしょう。それが私には眼に見えるようです。貴方は恐らくこう仰有《おっしゃ》るでしょう。
「なに正雪が自殺したと? そうしてそれは真実《ほんと》かな?」と。
 ――そうです、それは真実なのです。私はこれから自殺いたします。私の首を討ち落とそうと、覚善坊はもう先刻《さっき》から長光の太刀を引き着けて私の様子を窺っています。
 私の心は今静かです。実に限りなく静かです。顕文紗《けんもんしゃ》の十徳に薄紫の法眼袴。切下髪《きりさげがみ》にはたった今櫛の歯を入れたばかりです。平素《いつも》と少しの変わりもない扮装《よそおい》をして居るのでした。私の周囲《まわり》を取り囲んで十三人の同志の者が声も立てずズラリと居流れて居ます。戸次《へつぎ》与左衛門、四宮《しのみや》隼人、永井兵左衛門、坪内作馬、石橋源右衛門、鵜野九郎右衛門、桜井三右衛門、有竹作左衛門、これらの輩は一味の中でもいずれも一方の大将株で、胆力の据わった者どもでしたから、こういう一期の大事に際しても顔色ひとつ変えてもいません。一同の介錯を引受けた僧覚善に至っては、阿修羅のような顔をして、じっと聴耳を澄ましています。そして時々思い出したように、口の中でこんなことを唱えています。
「生死流転《しょうしるてん》、如心車鑠《にょしんしゃしゃく》、五百縁生《ごひゃくえんしょう》、皆是悪逆《かいぜあくぎゃく》、頓生菩提《とんしょうぼだい》」
 町奉行落合小平太殿、御加番《ごかばん》松平山城守殿、お二方の手に率いられた六百人の捕り方衆は、もう先刻から私共の旅宿、梅屋勘兵衛方を追っ取り巻き、時々鬨の声をあげるのが手に取るように聞こえてきますが、左右無く踏み込んでも参らぬ気勢《けはい》に、私共は心を落ちつかせ静かな最期を遂げようと差し控えて居るのでございます。
 そうして私は貴郎《あなた》宛のこの遺書を認めて居るのです。
 先程奉行所から、手付与力の田中万右衛門殿と小林三八郎殿とが、
「当家宿泊の由井正雪殿に少しく尋ねたき仔細ござれば奉行所まで同道致すように」
 と、旅宿の門まで参られましたが、私は「病気」の故を以って堅くお断わり致しました。貴郎はこれをお聞きになったらさぞ御不審に思われましょう。
「それが最初からの手筈ではなかったか。何故正雪は断わったのであろう?」
 こう仰せられるに相違ありません。いかにもそれは貴郎と私との二人の間に取り決められた手筈であったことは確かです。
 二人の与力に守られて、私は奉行所へ罷り越す。と直ぐ貴郎のご保護の下に、多分のお手当てを頂戴した上、ある方面へ身を隠す。しかし私の一味徒党だけは、一人残らず召捕られる。
 ――というのが段取りでございました。
 しかるにそういう手筈を狂わせ、そういう段取りに背いたばかりか、死なずともよい自分の身を自分から刄で突裂くとは何という愚かな仕打ちであろう。こう貴郎の仰せられることも十分私には解って居ります。
 解っていながら愚かな行為を敢えて行なうという以上は、行なうだけの何等かの理由が、そこになければならない話です。それで私はその理由を、ここで披瀝いたしまして、貴意を得る次第でございます。
 さて、私の追想は、江戸牛込榎町に道場を開いたその時分に、立ち返らなければなりません。山気の多い私にとっては万事万端浮世の事は大風呂敷を拡げるに限る、これが最良の処世法だと、この様に思われたものですから、道場に掛けた看板も、
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由井民部之助橘正雪張孔堂《ゆいみんぶのすけたちばなのしょうせつちょうこうどう》、十能六芸伊尹《いいん》両道、仰げば天文俯せば地理、武芸十八般何流に拘らず他流試合勝手たる可《べ》き事、但《ただ》し真剣勝負仕る可き者也
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 こういったようなものでした。果たして私の思惑通り、この大風呂敷が図に当たり、予想にも優《ま》した大繁盛が訪ずれて来たのでございます。諸大名方へのお出入りも出来、内弟子外弟子ひっ包《くる》めると、およそ千人の門弟が瞬間《またたくま》に出来上ってしまいました。
「何と世の中は甘いものであろう」
 この時の私の気持といえば、ざっとこんなものでございました。





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