国枝史郎「血ぬられた懐刀」(11) (ちぬられたかいとう)

国枝史郎「血ぬられた懐刀」(11)

瞬間四人を討って取る

 曲者は先へ進んで行く。常陸介はつけて行く。次第に主殿へ近づいて行く。
 と、その主殿の方角から、四五人の武士が話しながら、あべこべ[#「あべこべ」に傍点]にこっちへ歩いて来た。
「不破氏、不破氏、小四郎殿、そう憤慨をなさらないがよろしい。何も主命でござるからな」
 一人の声が、なだめるように云った。
「さようさよう何も主命で」
 相槌を打つ声が直ぐにした。
「それにさ、あれくらいの女なら、この世間にはいくらでもござる。あの女はあのまま差し上げなされ。そうしてその代わりにご愛妾の一人を、頂戴なさるがよろしかろう」
「その方がいい、その方がいい」
 また相槌を打つ声がした。
「たかが廻国にやって来て、京へ止まった田舎娘でござる。そのような女に未練をもたれて、殿下のご機嫌を取り損なったら、これほどつまらないことはない。おあきらめなされ、おあきらめなされ」
「さようさようおあきらめ[#「あきらめ」に傍点]なされ」
 四人目の声も相槌を打つ。
 が、そういう取りなしに答えて、怨みと憤りに充ちたような、狂気じみた声が聞こえてきた。
「いやいやせっかくのご忠告ではあるが、某《それがし》においてはあきらめられん。……あまりと云えば[#「云えば」は底本では「云へば」]横暴でござる! 某より殿下へお願いしたところ、よかろうよかろう好きな女があるなら、余が懇望だと申して連れて来い。その上で其方《そち》にくれてやろう。――で、某は使者という格で、北畠家へ押して行き、あのお紅《べに》を引き上げて来た。……と、どうだろう殿下においては、これは以外に美しい。側室《そばめ》の一人に加えよう。こう仰せられて手放そうとはされぬ。某を前に据えて置いて、お紅に無理強いに酌などさせる。寝所へ連れて行こうとされる。誰も彼も笑って眺めている。其のためにあつかおう[#「あつかおう」に傍点]とはしない! 無体なのは殿下のやり口だ! 庶民に対してはともかくも、臣下の某に対しての、やり口としては余りにひどい[#「ひどい」に傍点]! もはや某は聚楽《じゅらく》へは仕えぬ。ご奉公も今日限り。浪人をする浪人をする!」
 不破小四郎を取り囲んで、朽木《くちき》三四郎、加島欽哉《きんや》、山崎内膳《ないぜん》、桃ノ井紋哉《もんや》、四人の若武士《ざむらい》が話しながら、こっちへ歩いて来るのであった。
 ところで彼らの話によれば、気の毒なことにはお紅という娘は、北畠家から奪い取られて、今、聚楽第にいるらしい。では主殿《おもや》での夜遊の宴の、その中にも入っていることであろう。
 不破小四郎と四人の武士とは、云いつのり[#「つのり」に傍点]ながらなだめ[#「なだめ」に傍点]ながら、次第にこっちへ近寄って来る。
 と、一所に木立があって、そこの前までやって来た時に、飜然と飛び出した人影があった。同時に月光を横に裂いて、蒼白く閃めくものがあった。と、すぐに悲鳴が起こって、朽木三四郎がぶっ[#「ぶっ」に傍点]仆れた。すなわち木立から飛び出して来た、覆面姿の侍が、先に立って歩いて来た朽木三四郎を、抜き打ちに切って斃したのである。
「曲者!」と叫んだのは加島欽哉で、太刀柄へ右手をグッと掛けたが、引き抜くことは出来なかった。三四郎を斃した覆面の武士が、間髪を入れないで閃めかした太刀に、左肩を胸まで割られたからである。
「曲者!」とまたも同音に叫んで、山崎内膳と桃ノ井紋哉とが、左右から同時に切り込んで行った。が、それとても無駄であった。片膝を敷いた覆面の武士が、横へ払った太刀につれて、まず内膳が腰車にかけられ、ノッと立ち上った覆面の武士の、鋭い突きに桃ノ井紋哉が、胸を突かれて斃れたからである。
 四人を瞬間に打って取った、覆面の武士の腕の冴えには、形容に絶した凄いものがあった。
 と、その武士がツと進んだ。
「小四郎! 不破! 極悪人め! よくもお紅殿を奪ったな! 某こそは北畠秋安! 怨みを晴らしにやって来た。お紅殿を取り返しにやって来た! 観念!」
 とばかり切り込んだ。
「出合え! 曲者!」と叫んだが、不破小四郎は見苦しくも、主殿をさして逃げ出した。
「逃げるか! 卑怯! 何で遁そう!」
 四人を切った血刀を、頭上に振り冠った秋安は、すぐに小四郎を追っかけた。
 と、その眼前へ大兵の武士が、遮るようにして現われたが、威厳のあるドッシリとした沈着の声で、
「北畠殿と仰せられるか、まずお待ちなさるよう。某事は木村常陸介、子細は見届け承わってござる。悪いようには計らいますまい」
 こう云うと手を上げて制するようにした。





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