国枝史郎「銅銭会事変」(10) (どうせんかいじへん)

国枝史郎「銅銭会事変」(10)

    舁ぎ込まれた一丁の駕籠

 と、その時一丁の駕籠が、森の中へ担ぎ込まれた。
「こんな深夜にこんな所へ、担ぎ込まれるとは不思議千万、何か様子があるらしい」弓之助は社の背後《うしろ》へ隠れた。
「おお先棒もうよかろう」「おっと合点、さあ下ろせ」
 駕舁きはトンと駕籠を下ろした。それから額の汗を拭いた。それからヒソヒソと囁《ささや》き合った。
「おい姐《ねえ》さん、用があるんだ、ちょっくら[#「ちょっくら」に傍点]駕籠から出ておくんなせえ」後棒の方がこういった。
「あい」と可愛らしい声がした。「もう着いたのでございますか」中から垂れが上げられた。「おやここは森の中、駕舁きさん、厭ですねえ。気味が悪いじゃあありませんか。どうぞ冗談なさらずに着ける所へ着けておくんなさい」言葉の調子が町娘らしい。
「まあ姐さん、急《せき》なさんな。着ける所は眼の先だ。がその前にご相談、厭でも諾《き》いて貰わなけりゃあならねえ」こういったのは先棒であった。「おお後棒、もうよかろう。お前からじっくり[#「じっくり」に傍点]いい聞かせてやんねえ」両膝を立ててうずくまり、腰の辺《あた》りを探ったのは、煙管《きせる》でも取り出そうとするのだろう。
 先棒は及び腰をして覗き込んだ。
「のう姐さん、もうおおかた、見当は着いているだろう。いかにも俺《おい》らは駕舁きだ。が、問屋場に腰掛けていて、いちいちお客様のお出でを待って、飛び出すような玉じゃあねえ。もうちっとばかり[#「ちっとばかり」に傍点]荒っぽい方だ。俺《おい》らは石地蔵の六といい、仲間は土鼠《もぐら》の源太といって、大した悪事もやらねえが、コソコソ泥棒、掻っ払い、誘拐《かどわか》しぐらいはやろうってものさ、さてそこでお前さんだが、品川から駕籠に乗んなすった時おりから深夜《よふけ》、女身一人、出歩こうとは大胆だが情夫《おとこ》にあいたいの一心から、家を抜け出して来たんだな、こう目星を付けたってものさ。で、先棒がいう事には、何も男の所まで、担いで行くにゃああたるめえ、大の男が二人まで、ここに揃っているのだからな。なるほど縹緻《きりょう》は悪かろう、肌だって荒いに違《ちげ》えねえ。いうまでもなく情夫《おとこ》の方が、やんわり[#「やんわり」に傍点]と当るに違えねえ。だがそいつあ勘弁して貰い、厭でもあろうが俺《おい》ら二人を、亭主に持ってはくれまいか、ちょっくら[#「ちょっくら」に傍点]相談ぶって[#「ぶって」に傍点]見ようてな。もっとも厭だといったところでおいそれ[#「おいそれ」に傍点]と、聞く俺らじゃあねえ。よくねえ奴らに魅入られたと、こう思って器用に往生しねえ」
「おおおお六やどうしたものだ。そう強面《こわもて》に嚇《おど》すものじゃねえ。相手は娘だジワジワとやんな」先棒の源太はかがん[#「かがん」に傍点]だまま、駕籠の中を覗き込んだ。
「ナアーニ姐さん心配しなさんな。外見はちょっと恐《こわ》らしいが、これも案外親切ものでね。お前さんさえ諾《うん》といったらそれこそ二人で可愛がって、堪能させるのは受け合いだ。が二人とも飽きっぽいんで、さんざっぱら可愛がったそのあげくには、千住《こつ》か、品川か、新宿で、稼いで貰わなけりゃあならねえかも知れねえ。だがマアそいつは後のことだ。差し詰めここで決めてえのは、素直に俺らの女房になるか、それとも強情に首を振るか、二つに一つだ。返辞をしねえ」
 駕籠の中からは返辞がなかった。どうやら顫えてでもいるらしい。と、ようやく声がした。
「まあそれじゃああなた方は、悪いお方でござんしたか」




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