国枝史郎「血曼陀羅紙帳武士」(49) (ちまんだらしちょうぶし)

国枝史郎「血曼陀羅紙帳武士」(49)

    道了塚の縁起

「嬲り殺しには府中でかけた! 理由《わけ》か? 強請《ゆす》りに来たからよ」
 それは五郎蔵であった。林から抜けて、典膳の後を追って来た五郎蔵であった。年にも似ない逞ましい足をからげた衣裳の裾から現わし、抜き身をひっさげ、典膳の背後に立っていた。
「又兵衛!」と、五郎蔵は、典膳などには眼もくれず、はだかった襟から、胸毛の生えている肉厚の胸を覗かせ、鷲《わし》のような眼をヒタと塚の頂きの薪左衛門へ据え、呼ばわった。
「久しぶりで、妙な所で逢ったのう。……さて、くどい事は云わぬ、ここで逢ったを幸い、始末をする! 典膳と一緒に」
「…………」薪左衛門は、五郎蔵を認めた瞬間顔色を変えた。恐怖で蒼褪めた。しかし、五郎蔵の言葉の終えた頃には、口もとに、皮肉の微笑を漂わせていた。
「又兵衛」と五郎蔵は、相手を呑んでかかった、悠々とした声で云いつづけた。「俺とお主とは、昔は兄弟分、随分、仲もよかった。そうして現在《いま》でも、大して怨恨《うらみ》を持ち合っているという訳でもない。二十年前ここでお主と斬り合ったのも、東十郎を殺す助けるの意見の相違からに過ぎなかった。その後お前の屋敷へ訪ねて行ったのも、実はお主がどのような生活《くらし》をしているか知りたかったまでよ。だからよ、何もここでお主を討ち果たす必要はなさそうだが、だがやっぱり討ち果たさなければいけないなあ。というのはこの男の悪い例があるからよ」と、はじめて典膳の方へ眼をやり、抜き身の峰で、典膳の肩の辺を揶揄《やゆ》するように叩いたが、「俺アこの男へは相当の手当をし『これまでの縁だ、今後はお互いに他人になろう、顔を合わせても挨拶もするな』と云って、二十年前に別れたところ、二、三日前に、みすぼらしい風をして、俺の賭場《ところ》へやって来て、昔のことを云い出し、強請りにかかった。……そこで俺は思うのだ、いつお主が、隠者のような生活から脱け出して、俺を強請りに来はしまいかとな。この虞《おそ》れをなくすにゃア、お主をこの世から……」
「黙れ!」と、薪左衛門ははじめて吼《ほ》えた。「黙れ勘兵衛! そういう汝こそ、この剣の錆になるなよ!」
 薪左衛門は、手に捧げていた天国《あまくに》の剣の鍔《つば》の辺を額にあて、拝むような姿勢をとったが、
「これ勘兵衛、汝は今、二人の間には、命取るような深い怨恨はないと申したな、大違いじゃ! 拙者においては、この年頃、命取るか取られるか、是非にもう一度この道了塚で、汝と決闘しようものと、そればかりを念願といたしておったのじゃ。そうであろうがな、浪人組の二人頭として、苦楽を共にし、艱難《かんなん》を分け合った仲なのに、いざ組を解散するとなるや、共同の財宝を汝一人で奪い、天下の名刀を奪い取り――ええ、弁解申すな! 典膳よりたった今、事情悉皆《しっかい》聞いたわ! ……のみならず、それらの悪行を、この薪左衛門にかずけようとした不信の行為! のみならず、辛酸を嘗め合った同志を穴埋めにした裏切り行為! 肉を喰うも飽き足りぬ怨恨憎悪が、これで醸《かも》されずにおられようか! ……持つ人の善悪にかかわらず、持つ人に福徳を与うと云われておるこの天国の剣が、我が手に入ったからには、汝と我との運命、転換《かわ》ったと思え! かかって来い勘兵衛、この天国の剣で真っ二つにいたしてくれるわ!」
 五郎蔵は、むしろ唖然とした眼付きで、春陽を受けた剣が、虹のような光茫《ひかり》を、刀身の周囲に作って、卯の花のように白い薪左衛門の頭上に、振り冠られているのを見上げたが、
「ナニ、天国の剣? ……どうして汝の手に?」
 と、前後を忘れ、ズカズカと塚の裾の方へ歩み寄った。
 と、その時まで、塚の真下に、小岩を抱いて、奄々《えんえん》とした気息で、伏し沈んでいた典膳が、最後の生命力《ちから》を揮い、胸を反らせ、腰を※[#「虫+廷」、第4水準2-87-52]《うね》らせ、のけ反った。とたんに五郎蔵の悲鳴が起こり、同時に彼の姿は地上から消え、彼の立っていた足もとの辺りに大きな穴が開いた。
 天智天皇の七年、高麗国《こまのくに》の滅亡するや、その遺民唐の粟《ぞく》を食《は》むことを潔しとせず、相率いて我が国に帰化し、その数数千に及び、武蔵その他の東国に住んだが、それらの者の長《おさ》、剽盗《ぞく》に家財を奪われるを恐れ、塚を造り、神を祭ると称し、塚の下に穴倉を設け、財宝を隠匿《かく》した。
 これが道了塚の濫觴《はじまり》なのであって、勘兵衛、又兵衛の浪人組どもは、その塚を利用し、強奪して来た財宝を、その穴倉の中へ、隠匿したに過ぎなかった。栓のように見えていた小岩は、穴倉の上置きの磐石を辷らせる、槓桿《こうかん》だったらしい。その槓桿を動かしたがために、穴倉の口が開いたのらしい。
「う、う、う!」
 という呻き声が、塚の縁から、穴倉の中を見下ろしている薪左衛門の口から起こった。




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