国枝史郎「血曼陀羅紙帳武士」(50) (ちまんだらしちょうぶし)

国枝史郎「血曼陀羅紙帳武士」(50)

    因果応報

 その穴倉の中の光景は? 白昼の陽光《ひ》が、新しい藁束のように、穴倉の中へ射し、穴倉の中は、新酒を充たした壺のように明るかったが、頭でも打ったのか、仰向けに仆れ、手足をバタバタ動かしながらも、立ち上がることの出来ない五郎蔵の姿が、負傷した螳螂《かまきり》かのように、その底に沈んで見えていた。でもその彼の、頭の辺や足の辺や左右やに、白く散在している物像《もののかたち》は何んだろう? 人間の骸骨であった。それこそ、この穴倉の秘密を、世間へ知らせまいため、強奪した財宝を運ばせて来た百姓どもを、そのつど、浪人組の者どもは、この穴倉の中へ斬り落としたが、その百姓どもの骸骨に相違なかった。今、尚、立ち上がろうとしてもがく、五郎蔵の足に蹴られ、三尺ぐらいの白い棒が、宙へ躍り上がったが、宙で二つに折れて地へ落ちた。股の附け根からもげた骸骨の脚が、宙でさらに膝からもげたものらしい。また、すぐに、五郎蔵の手に刎ねられ、碗のような形の物体が、穴倉の口もと近くまで舞い上がって来たが、雪球《ゆきだま》のように一瞬間輝いたばかりで、穴倉の底へ落ちて行った。髑髏《どくろ》であった。一体の、完全に人の形を保っている骸骨が、穴倉の壁面《かべ》に倚りかかっていた。穴倉を出ようとして、よじ登ろうとして、力尽き、そのまま死んだものと見え両手を、壁面に添えて、上の方へ延ばしていた。仔細に眺めたなら、その骸骨の足もとに、鞘の腐《く》ちた両刀が落ちているのを認めることが出来たろう。武士の骸骨である証拠であり、最後に犠牲になった伊丹東十郎の骸骨に相違なかった。その骸骨へ、もがいている五郎蔵の手が触れた。と、骸骨はユラユラと揺れたが、すぐに、生命を取り返したかのように、グルリと方向を変え、傾き、穴ばかりの眼で五郎蔵を見下ろしたかと思うと、急に五郎蔵目掛け、仆れかかって行き、その全身をもって、五郎蔵の体を蔽い、白い歯をむき出している口で、五郎蔵の咽喉の上を蔽うた。
 恐怖の声が、道了塚の頂きから起こり、つづいて、氷柱《つらら》のようなものが、塚の縁から穴倉の中へ落ちて行った。穴倉の中の光景を見て、気を取りのぼせた薪左衛門が、天国の剣を手から取り落としたのであった。
 この時典膳の体が、小岩を抱いたまま、前方へのめり、それと同時に、穴倉の光景は消え、地上には、もう穴倉の口はなく、それのあった場所には、新しく掘り返されたような土壌《つち》と、根を出している雑草と、扁平《たいら》の磐石と、息絶えたらしい典膳の姿とがあるばかりであった。
 そうして道了塚の上では、穴倉の地獄の光景を見たためか、神霊ある天国の剣を失ったためか、ふたたび狂人となった薪左衛門が、南無妙法蓮華経と刻《ほ》ってある碑《いしぶみ》の周囲《まわり》を、蟇のように這い廻りながら、
「栞よーッ、来栖勘兵衛めが、伊丹東十郎に食い殺されたぞよーッ、栞よーッ」
 と、叫んでいた。

 その栞は、林の中で、紙帳を前にし、頼母に介抱されていた。栞を介《かか》えている頼母の姿は、数ヵ所の浅傷《あさで》と、敵の返り血とで、蘇芳《すおう》でも浴びたように見えてい、手足には、極度の疲労《つかれ》から来た戦慄《ふるえ》が起こっていた。
(敵は退けた。恋人は助けた!)
 しかし彼は、それをしたのは自分ではなくて、大半は五味左門であることを思った。
(その上私は、あやうく竹で突き殺されるところを、左門に助けられた)
 塑像《そぞう》のように縋り合っている二人の上へ降りかかっているものは、なんどりとした春陽であり、戦声が絶えたので啼きはじめた小鳥の声であり、微風に散る桜の花であった。そうして二人の周囲に散在《あ》る物といえば、五郎蔵の乾児たちの死骸であった。




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