国枝史郎「血曼陀羅紙帳武士」(51) (ちまんだらしちょうぶし)

国枝史郎「血曼陀羅紙帳武士」(51)

    苦行者か殺人鬼か

 頼母は、ふと、眼を上げて見た。左門が、乾児たちの死骸の中に立ち、もう血粘《ちのり》をぬぐった刀を鞘に納め、衣紋《えもん》をととのえ、腕組みをし、紙帳を見ていた。その姿は、たった今しがたまで、殺戮《さつりく》をほしいままにしていた人間などとは見えなかった。顔色はいつもどおり蒼白かったが、いつも煤色の唇は赤くさえあった。目立つのはその眼で、それには何かを悲しんででもいるかのような色があった。何を悲しんでいるのであろう? 頼母は左門の視線が紙帳に食い入っているのを見、自分も紙帳を見た。
 紙帳は、血によって、天井も四方の側面《がわ》も、ことごとく彩色《いろど》られていた。そうして、古い血痕と、新らしい血痕とによって、怪奇《ふしぎ》な模様を染め出していた。すなわち、塔のような形が描かれてい、堂のような形が描かれてい、宝珠のような形が描かれてい、羅漢のような姿が描かれてい、仏のような姿が描かれてい、卍のような形が描かれているのであった。
 それは、諸法具足を象徴《あらわ》した曼陀羅の模様であった。血で描かれた曼陀羅紙帳は、諸所《ところどころ》切り裂かれ、いまだに血をしたたらせ、ノロノロとしたたる血の筋で、尚、如来の姿や伽藍の形を描いていた。
(諸法を具足すれば円満の境地であり、円満の境地は、一切無差別、平等の境地であり、この境地へ悟入《はい》った人間《ひと》には、不平も不安も不満もない。そういう境地を模様で現わしたものが曼陀羅だ。……この紙帳の内と外とで、俺は幾十人の人を殺したことか。……また、この中で、父上も俺も、どれほど考え苦しみ、怒り、悶え、憎み、喜び、泣き、笑ったことか。紙帳こそは、父上と私との、思考《かんがえ》と行動《おこない》との中心であった。……その紙帳が、曼陀羅の相を呈したとは?)
 考えに沈んでいる左門の前で、血曼陀羅の紙帳は、微風に揺れ、皺を作ったり、襞《ひだ》を拵《こしら》えたりしていた。
(少くも曼陀羅の境地へ悟入《はい》るには、思考と行動とが同伴《ともな》わなければいけないらしい。……少くも俺は、この紙帳の内と外とで、善悪共に、思考《かんが》え且つ行動《おこな》ったのは事実だ)
 さっき紙帳へ停まって啼いていた頬白ででもあろうか、一羽の頬白が、矢のように翔けて来て、紙帳へ停まろうとしたが、鮮血の赤さに驚いたのか、飛び去った。
(紙帳が曼陀羅の相を呈したのは、この中で思考え行動った俺の行為《おこない》が、曼陀羅の境地へ悟入る行為であったと教えてくれたのか? ……そんなことはない! ……では、将来曼陀羅の境地へ悟入るようにと啓示《しめ》してくれたのか?)
 左門はいつまでも佇んで考えていた。
 やがて左門は頼母の方を振り返って見た。
 頼母は、栞に縋られたままの同じ姿勢でいた。
「頼母殿」と左門は穏かな声で云った。「貴殿には拙者は討てますまい。少くとも現在《いま》のお心境《こころもち》では。……その心境拙者にはよく諒解《わか》りまする。……さて拙者お暇《いとま》つかまつる。拙者どこへ参ろうと、この血曼陀羅の紙帳を釣って、起居《おきふし》いたすでござりましょう。……それで、拙者を討つ心境となり、剣技《わざ》においても、拙者を討ち取るだけにご上達なされたら、いつでも訪ねておいでなされ。……紙帳武士とお尋ねなされたら、大概は居場所わかりましょうよ。……拙者いつでも討たれて進ぜる」
 それから、足もとに、今は肩息になっているお浦を見下ろしたが、
「不幸な女」と呟いた。「不幸にしたのは私《わし》じゃ! 償いせねば! ……死なば、わしの手で葬ろう。生き返らば……いや、わしの力できっと生きかえらせてみせる!」
 紙帳で、死骸のようなお浦の体をつつみ、それを抱いて、左門が歩み出したのは、それから間もなくのことであった。
 林の木々は、左門の左右から、左門を眺めているようであった。遙かの行く手に、明るく黄金色に輝いている箇所《ところ》があった。林が途切れて、陽が当たっている箇所らしい。その光明界を眼ざして左門は歩いて行くように見えた。しかし、その向こうには、小暗い林が続いていた。でも、その林が途切れれば、また、陽光の射した明るい箇所があるに相違ない。でも、それへは、また、暗い林がつづく筈である。光明《ひかり》と暗黒《やみ》の道程《みちすじ》! それは人生《ひとのよ》の道程でもある。光明と暗黒の道程を辿って行く左門の姿は、俯向いていて寂しそうで、人生の苦行者のように見えた。
(父上のご遺志だ。わしはどうあろうと、どこまでも、奪われた天国の剣を探して、手に入れなければならない)
 こう思って歩いて行く左門であった。
 しかしその天国の剣は、道了塚の穴倉へ落ちて、ふたたび地上へは現われない筈である。天国が地下へ埋もれたことを知っておるものは、一人もないのであるから。たった一人知っている薪左衛門もふたたび発狂して、一切意識を失ってしまったのであるから。
 絶対にとげることの出来ない希望《のぞみ》を持って、永久諸国を流浪するであろう左門の姿は、だんだん小さくなって行った。
 山査子《さんざし》の藪の中から、その左門の姿を恐ろしそうに見送っているのは二人の武士であった。片眼をつぶされた紋太郎と、片耳を落とされた角右衛門とであった。
「こう醜い不具者《かたわもの》にされましては、将来《このさき》生きて行く気もいたしませぬ」と怨めしそうに云ったのは紋太郎であった。しかし角右衛門は案外悟ったような口調で、
「いやいやこの刀傷がものを云って、今後はかえって生活《くらし》よくなろうぞ。我々は、松戸の五郎蔵親分に腕貸しいたし、刀傷を受けました者でござると、諸方の親分衆のもとへ参って申してみやれ、頼み甲斐ある用心棒として、厚遇されるでござろう」
「なるほどのう」
「左門は我らに生活の方法《みち》を立ててくれた菩薩じゃよ……こんなご時世、食えて行けさえしたら御《おん》の字じゃからのう」
 ――菩薩、苦行者、左門の姿は、遙かの彼方《かなた》で、この時、カッと輝いて見えた。光明世界へ――林が途切れて、陽光の射し溜まっている箇所《ところ》へはいったからであろう。
 やがて左門の姿は見えなくなった。
 暗い林の中へまたはいったからであろう。
 しかし、その向こうには明るい世界が!




[←先頭へ]

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送