国枝史郎「天主閣の音」(04) (てんしゅかくのおと)

国枝史郎「天主閣の音」(04)

     四

「さあ是だ!」と叫び乍ら香具師は模型を右手に捧げた。「畳の原理から説くことにしよう。由来畳というものは、神代時代からあったものだ。むかし天照大神の御孫、瓊々杵尊《ににぎのみこと[#「みこと」は底本では「みごと」と誤記]》の御子様に、彦火々出見《ひこほほでみ》というお子様があられ、大綿津見《おおわだつみ》へ到らせ給うや、海神豊玉彦尊《かいじんとよたまひこのみこと》、八重の畳を敷き設け、敬い迎うと記されてある。これ畳の濫觴だ。夫《それに》日本の畳たるや八八《はっぱ》六十四の目盛がある。六十四卦に象ったものだ。で、人間の吉凶禍福は、畳にありと云ってもよい。次に建築法から云う時は、忌む可きことが数々ある。神木を棟に使ってはならない。又逆木を使ってはならない。そうだ特に大黒柱にはな。運命が逆転するからよ。さて次には不祥事だ。すべて柱の礎《いしずえ》へ、石臼などを置いてはならない。地中に兜や名剣あれば、子孫代々出世はしない。石塔類でも埋もれていれば、死人相継いで出るだろう。こいつは説明にも及ぶまい。石の槨《かろうと》を埋めて置けば、財貨一切消滅する。こいつも大いに謹まなければならない。さて最後に間取りだが、こいつが一番むずかしい。陰陽五行相生相剋、こいつに象《かたど》って仕組まなければならない。鎮守、神棚、仏檀[#「仏檀」はママ]、門戸、入口、竈《かまど》、雪隠、土蔵、井戸、築山、泉水、茶室、納屋、隠居所、風呂、牛部屋、厩《うまごや》、窓口、裏口等、いずれも建方据え方に、秘伝があってむずかしい。ところで此処にある此の模型だが、一切吟味が施されてある。その点だけでも大したものだ。それに其上、屋敷というものは、住人に執っては城砦だ。攻めて来る敵を防がなければならない。ところで此処にある此模型だが、そういう点でも完全なものだ。まず見るが可い此小川を。普通の時には用川、一端そいつが戦時となると、忽然として堀になる。嘘だと思うなら見るがいい」
 こう云い乍ら香具師は、地面に置いてある土瓶を取り上げ、模型屋敷の小川の中へ、トロトロと水を注ぎ[#底本では「住ぎ」]込んだ。張ボテではあるが堅牢だと見えて、滲みも滴りもしなかった。
「よいかお立合い、この水がだ、石一つの動かし加減で、変化するから面白い」
 こう云い乍ら、模型屋敷の小川の一所に飛び出している、[#底本では「。」]小さい岩型の痣の頭を、香具師は指先でチョイと押した。と、洵《まこと》に不思議にも、水が瞬間に無くなって了った。と思う間もあらばこそ、屋敷の四方から其水が、沸々盛り上って湧き出して来た。そうして見る見る屋敷の四方をグルリとばかりに取り巻いた。門の影や土塀の影や、木立の影がその水面に、逆に映っている態は、小さい小さい竜宮城が、現出したとしか思われない。
「さて大水が現れて屋敷の周囲を取り巻いた。百人の敵が襲って来ても、悠に二日は防ぐことが出来る。次に此処に竹藪がある。これが又非常に重大な武器だ。ひっ削いで火に燻らせ、油壺の中へザンブリと入れたら、それで百本でも二百本でも、急拵えの竹槍が出来る。が、これは真竹に限る。八九の竹や漢竹では、鳥渡そういう用には立たねえ。……ところで屋敷の裏庭にあたって、石灯籠が一基ある。こいつが只の石灯籠じゃあねえ。嘘だと思うなら証拠を見せる。おおお立合い、誰でもいい、鳥渡台笠へ障ってくんな。遠慮はいらねえ障ったり障ったり」
 群集の中に職人がいたが「おお親方俺が障るぜ」
 云い乍ら腕をグイと延ばし、灯籠の台笠へ指を触れた。途端に轟然たる音がして、石灯籠の頂上から、一道の烽火《のろし》が立ち上り、春日怡々《ついつい》たる長閑の空へ、十間あまり黄煙を引いた。
 あまりの意外に群集は、ワッと叫んで後へ退ったが、これは驚くのが当然であろう。
 群集の中に立ち雑《まざ》り、香具師の様子に眼を付けていた。[#「。」はママ]尾張中納言宗春は、此時スタスタと歩き出したが、境内中門の前まで来ると、ピタリとばかり足を止めた。
「九兵衛、九兵衛!」と侍臣を呼んだ。
 近習頭の小林九兵衛は「はっ」と云うと一礼した。
「其方、あの香具師を何んと思うな?」
「は、どうやら怪しい人間に……」
「うむ、些《いささか》、怪しい節がある。築城術の心得があり、しかも火術にも達しているらしい」
「いかがでござりましょう、縛め取りましては?」九兵衛は顔色をうかがった。
「いやいや待て待て考えがある。……其方、此処に警戒し、彼奴の様子を窺うがいい。立ち去るような気勢があったら、はじれぬように後を尾行け、その住居を突き止めて参れ」
「かしこまりましてござります」
 そこで宗春の一行は、九兵衛を残して帰館した。
 永い春の日も暮に近く、花見の客も帰り急ぎをした。
 中門の袖に身を隠し乍ら、九兵衛は様子を窺っていた。
 と、香具師は荷物を肩にし、チラリ四辺を見廻わしてから、足早に境内を出て行った。
「よし」と云うと小林九兵衛は、中門の袖からヒラリと出た。
 怪しい香具師、妖艶なお部屋、天主閣での唸き声。……どう事件が展開するか?





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