国枝史郎「天主閣の音」(07) (てんしゅかくのおと)

国枝史郎「天主閣の音」(07)

     七

「む」と香具師は息を詰めた。
 途端に写っていた鏡面の、老人の姿がフッと消えた。後には蒼茫たる月光ばかりが、鏡一杯に溢れていた。

 小林九兵衛の報告を聞くや、尾張中納言宗春は、ひどく香具師へ興味を持った。
 そこは豪放活達の彼で、香具師を城内へ召すことにした。使者の役は九兵衛であった。さぞ喜ぶかと思いの他、香具師は迷惑そうな顔をした。
「ご領主様のお召しとあっては、お断わりすることも出来ますめえ。だが条件がございます。先ず扮装は此儘の事。次に言葉も此儘のこと、どうも坐ると足が痛え、で、胡座《あぐら》を掻かせて下せえ。それから話は直答だ。これで可ければ参りやしょう」
 これには九兵衛も驚いて了った。一旦城へ引き返し、宗春侯の御意を訊いた。
「名人気質、却って面白い。かまわないから連れて参れ」
 そこで九兵衛はかしこまって[#「かしこまって」に傍点]、ふたたび香具師を訪れた。
「へえ然うですかえ、感心だなあ。流石はご三家の筆頭だ。どうもお心の広いことだ。ようがす、夫れじゃァ参りやしょう」有り合う布呂敷へ模型を包んだ。「こいつあ殿様へのお土産だ。喜んで下さるに違えねえ。只の模型じゃァ無えんだからな」ヨイショと背中へ引担いだ。駕籠へ乗れと進めても、いっかな香具師は乗ろうとしない。表門からは通せない裏門へ廻われと九兵衛が云うと、香具師は不機嫌な顔をした。
「不浄な人間じゃァあるめえし、なんで裏門から通るんですい。面倒臭えなあ俺は帰る」
 とうとうこんなことを云い出して了った。そこで玄関から上ることにした。広大華麗な城内の様子も、一向香具師には感じないと見え、平気でノシノシ歩いて行った。通された部屋は孔雀の間で、襖から欄間から衝立から、孔雀の絵模様で飾られていた。
 出て来たのは宗春であった。
「おお香具師か、よく参った」宗春は気軽に声を掛けた[#「。」なしはママ]「胡座を掻け、寛ぐがいい」そうして自分も胡座を掻いた。
「よいお天気でございます」香具師はペコンと辞儀をしたが「何かご用がござんすそうで?」
「うん」と云ったが宗春は、じっ[#「じっ」に傍点]と香具師へ眼を付けた。「お前の名は何というな?」
「へい、多兵衛と申します」
「おお模型かな、その包は?」
「へい、さようでございます」
「ひとつそいつ[#「そいつ」に傍点]を見せてくれ」
「ようがすとも、お見せしましょう。見せるつもりで持って来たんで」
 取り出したのは鳩の模型、畳へ置くと懐中から、一掴みの豆を取り出した。
「観音様の使者め。鳩が豆を拾います」云い乍ら颯と豆を蒔いた。と鳩がピョンピョン飛んで、後から後から豆を拾った。
「面白く無いな。子供瞞しだ。もっと面白い模型は無いか」
「ようがす、それじゃァ〈透視光〉だ」こう云い乍ら取り出したのは格恰の機械であった。まず形は長方形、内部は黒く塗られていた。一方の口は硝子張り、反対の口は板で張られ、中央に小さい穴があった。ところで外見からは解らなかったが、角筒の内部の一箇所に薄い板の仕切りがあり、その真中に鳥の羽根を張った、四角な穴が穿たれていた。
「唐土発明の透視光、一切人間の胎内が解る……おお九兵衛さん手をお出しな。……おっと宜しい夫れで結構。あっ、不可ねえ、障子を開けたり。お手をお日様に向けるんだ。……さて殿様ご覧なせえ。肉を透して骨が見える」
 そこで宗春は顔を差し出し、一方の穴から覗いて見た。いかさま九兵衛の指の肉が、ボッと左右に薄れて見え、骨が鮮かに認められた。
「さて此度は殿様の番だ」
 こういうと香具師は機械を持ち換え[#「持ち換え」は底本では「持ち換へ」と誤記]、宗春の胸へ硝子口を向けた。
「お心の中が解ります。善心があれば善心が見え、悪心があれば悪心が見える。もし夫れ謀叛心がある時は、その謀叛心が写って見える。好色の心は赤く見え、惨忍の心は黒く見える。これ即ち透視光の威力。どれ拝見いたしやしょう」
「無用だ!」と宗春は威丈高に叫んだ。それから侍臣を返り見た。
「これお前達は隣室へ立て!」
 バラバラと侍臣達は席を立った。
 と宗春は刀を取り、ブッツリ鯉口を指で切った。
 ジリジリと進んで睨み付けた。
「唐土渡来とは真赤な偽! これ貴様は邪教徒であろう! 白状致せ吉利支丹であろう!」





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